謙也がかわいそうな話


「名前、何しとんの?」
「うわっ、白石重い!」

大方、先程の数学教師から出された宿題を、さっさと片付けてしまおうと思ったんやろ。
机に向ったままの名前に、白石は上から覆いかぶさるようにして彼女の手元を覗き込んだ。

何やっとんねんお前。

「うわっ、勉強しとるわ。相変わらず真面目やなー…」
「白石人の話聞いてる?重いっつの!」
「頑張っとる名前に俺からのささやかなプレゼントや」
「わあありがとう、って、飲みかけの豆乳なんていらんわ!」

っちゅーか、白石うちが豆乳嫌いなん知っとるやろ!
えー、そうやったっけ?
ああもう腹立つわほんま、なんやねん自分
そないなこと言うて、本気で怒っとるわけやないもんなー
本気で怒ってはおらへんけど一発殴らせてほしいとは思っとるで
あかんあかん、目が本気や

とかなんとか。
白石は、本気のぐーは嫌やわーとか言いながら名前の手を、それぞれ自分の手で掴みよる。
で、最終的には両手繋いだまま次の話題へ。

目の前でべたべたとくっつきよるこいつらを、ほんまにどうにかしたい。
自分の机で頬杖をついて、忍足謙也はそんなことを考えた。



「なあ、クラスメイトの話なんやけどな」
「はあ」
「男子が一人の女子にだけちょっかい出しよるその心境はどうやと思う?」
「そら、好きなんとちゃいますか」
「そうやんなー」

白石がいない部室。横で着替える財前に聞いてみても、やっぱり俺と同じ答えや。
どう考えたって、あれは好きやんなあ…。

「なになに?恋愛話?」
「んんー、俺からしたら恋愛話なんやけどなあ…」

小春に返事をしながら、乾いた制服のシャツを着て、汗で重くなったユニフォームを鞄に突っ込む。
横でそれを見ていた、財前が嫌そうな顔をして視線を逸らした。嫌なら見んなや。

「その場合な」
「まだ続いてるんスかその話」
「せや、聞け」
「はあ」

いつも通り溜息なんだかなんなんだかようわからん返事をして、財前は自分のユニフォームを丁寧に畳んだ。
ほんま、妙なところで細かいやっちゃなあ…。

「男子の方に直接聞いても、友達や言うとんねん」
「はぐらかしてんでしょ」

面倒くさい、とでも言いたげやな財前。
けどな、俺のが面倒なんやで。
毎日毎日飽きもせずまあいちゃつきよる癖に、あの二人付き合ってへんねんから。

しかも何が面倒って、

「女の方は、好きやねん」
「は?」
「せやから、女の方は、そいつのこと好きやねん」

やっぱり、白石はうちのこと何とも思ってへんからああいうことすんねやろなー。
なあ謙也聞いとる?あんな、別に付き合いたいとか思ってんのとちゃうねん。
ほら、うちら仲良いやろ?白石も完全にうちのこと友達やと思っとるやんか。
別にそれはそれでええねん。うちかて、最初はそう思っとったもん。
あ、もちろん謙也もやで。っちゅーか、謙也は今でも友達やけどな。最早親友や親友!
って、謙也のことなんかどうでもええねん。白石や白石。
好きな子にあんなことせえへんよなあ。スキンシップだけやったら勘違いしたかもしれへんけど、授業中にちょっかい出して課題増やすなんて、好きな子にはせえへんよなあ。
え?いや、せやから別に付き合いたいとかは思ってへんねん。ただ、だからって勘違いするようなことされると、やっぱ、ちょっと辛いなあって。
へへ、なんや、謙也にはこういうこと言えんのやなあ。謙也のこと好きになればよかったのになあ。
は?気色悪いてなんやねん、うちかて気色悪いわ。
ちゃうねんちゃうねん。ただ、どうせ望みないなら、どっかの誰かさんと付き合うてくれた方が、諦めつくなあって。
ええ?そら辛いやろけど、でも、そうすら今みたいなスキンシップはなくなるやろ?
大丈夫やでー、うちには謙也がおるもん!
あーあ、謙也に好きな人ができたら大変やなあ、ほんまに協力するから、言うてな!
あ、でも財前君とかはなしやで!え、ちょ、冗談やって、うるさいわあ。

とかなんとか。
昨日の電話の内容を、ところどころ端折ったり名前を伏せたりしながら一通り話してみたら、財前にものっそ変な顔された。

「なんすかそれ、何でそんな面倒なことに首突っ込んどんのや謙也さん」
「俺かて好きでやってんのとちゃうわ!もーほんま勘弁してほしいねん」

だらだらとジャージをロッカーに押し込みながら、そのまま顔も突っ込む。
汗臭っ。
なんや俺部活中こんな汗かいとんのか。持って帰ろ…。

「謙也さんほんまに世話好きっスね」
「やから、好きやないねんて!!」

後輩からの呆れた視線は、ほんまに刺さんねん。

「それでいて、男の方は好きやないか」
「なんや、なんか良い方法あるんか」
「いや、別にそういうんとちゃいますけど。なんや、自分で気付いてへんのとちゃいますか?」
「は?」
「せやから、男の方。やっぱ、ほんまは好きなんとちゃいます?」
「気付いてへんて、自分のことやんか」
「はあ、まあそうっスけど」

ばん、とドアを閉めた財前が、鞄を背負う。
あ、置いてくきやこいつ。

慌ててジャージを鞄に突っ込んだ。また財前が嫌そうな顔をする。
ほっとけっちゅーねん。あとでおかんに怒られるんは俺やがな。

「でも、そんなことあるんか?」
「知りませんよ。でも、そういう可能性もあるんやないですか、っちゅー話ですわ。謙也さんは、どう思ってんのですか?」
「ううーん。まあ、俺からしたら、好きなんやろうとは思うけど…」

なかなか閉まらないロッカーの扉をなんとか力任せにしめて、先に部室を出ていきよった財前を追いかける。
っちゅーか、先輩おいてくなや。

「謙也さんがそう思うんやったら、それで決定やないですか」
「はあ?いやいや、そら早合点っちゅー話や!」
「だってそれ、部長の話でしょ?」

………。

「へ?」
「いや、せやからそれ、部長の話なんでしょ?」

え、あれ?
俺言うたっけ白石って。

あかんもしかしたらさっき口滑らしたか?
いやいやいや、そんなはずはないねんけど…。
えええでもどないしよう白石に申し訳ないというか、名前に謝らなっちゅーか…。

「謙也さん着替えながらしょっちゅう部長のロッカー見とったやないですか。普段ならスピードスターやなんやいうて、俺よりもよっぽど早く着替え終わるのに」
「…嘘やん」
「なんでこのタイミングで嘘言わなあかんのですか」
「ええええ、どないしよう他の皆にもばれとったかな…!」
「いや、まあ、俺かてたまたま気付いただけでしたし、大丈夫なんとちゃいます。他のやつらは向き違ったし」
「ほんまに?ほんまに大丈夫?」
「すがりついて来んでください、気色悪いわ」

思いっきり叩かれた手はさておき、一瞬でぬれたワイシャツの背中が気持ち悪い。
やな汗かいたわ…。

「で、部長のことについては、謙也さん大体間違わないやないですか」
「えええー」
「なんですかそれ、気色悪いッスわ」
「先輩に向かって何ちゅーこと言うねん、酷いやっちゃなあ」
「ま、明日にでも部長に発破かけてみたらどうですか」
「へ?」
「せやから、その女のこと好きなんでしょ、部長」

ま、せやなあ。
ここまで相談のっといて、名前が付き合う気ない言うとるのも、白石が気いないと思っとるからやしなあ。

「ありがとな、財前。なんやすっきりしたわ」
「マクド奢ってくれればそれで良いっすわ」
「は!?嫌やわ部活帰りやし食う気満々やろ!」
「嫌なら別に良いッス。他の連中誘いますから、丁度話のネタはあるんですし」
「ああああ、わかったわもう奢ればいいんやろ奢れば!!」
「さっすが先輩」
「ああああああ!!」

とかなんとか、結局軽くなった財布を机の上に放り投げて、携帯を睨む。

直接聞いてもええんやけど、なんや聞き辛いしなあ…。
それに、直接聞いたら絶対はぐらかしよるもんなあ。
でもなあ、電話のほうがはぐらかされそうな気はすんねん。
あーあ、どないしようかなー。

とか思ってる間に寝たらしい俺は、おかんに叩き起こされて荷物ひっつかんで学校まで走る。

「おはようさん謙也、残念ながらHRは間に合わんかったなあ」
「し、らいしっ!」
「俺やでー、なんやねんそんな俺に会いたかったんか」

けらけら笑いよってお前、俺が誰のためにこんな悩んだと思っとんねん!
鞄を机に叩きつけたら、「物に当たったらあかんでー」て、だからお前のせいやねん!!

「あ、せや謙也、一時間目自習らしいで」
「なら丁度ええわ、白石、ちょっと来い」
「は?」

この時間やと、どこならさぼれんのやろ。
千歳は校内なら屋上が一番言うとったな、屋上行くか。

「どこ行くねん謙也」
「屋上や」
「はあ?」

思い切り屋上へのドアを開けると、ぶわ、と風が来た。
なんや気持ちええなあ、屋上。

「で、何の話や、そないに怖い顔しよって」
「お前の話や、お前の」
「はあ?俺の話?」

なんや考えれば考えるほど、何で自分がこないなことせんとあかんのやろとか思うけど、やっぱりそら、二人と一番仲の良い俺の義務や思うねん。
財前はお節介だの世話焼きだの言うとったけど、それはそれでええねん、好きでやっとんのやから。

「名前のことなんやけどな」
「名前がどうかしたんか」

なあ白石、お前急に心配そうな顔になりよったで、気づいとるか。

「名前っちゅーか、名前に対する、お前の話や」
「俺がなんやの」
「真面目に聞きや、白石」

俺は十分真面目や。
とか真面目腐った顔でほざきよるけど、まあ、ええわ。


「お前、名前のこと好きやろ」


そん時の白石の顔を、俺は一生忘れへんと思う。




***

従妹の甘露ちゃんに「書いて書いて!!」と頼み込んで無理矢理書いてもらったもの
あんだけやっといて恋心に気付いてない白石が可愛すぎて心臓が爆発するかと思った
マジマジありがとうございます!今後ともシクヨロ!



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