あの人のこんな格好、初めて見た!




あ、謙也先輩だ。



部室に向かっている先輩を見かけて、どき、と心臓が鳴った。
白いワイシャツが、太陽に反射して眩しく光っている。金髪も同じようにチカチカしていて、全体的にまぶしい。
そんな先輩は、それに反してだるそうに歩いていた。





「先輩こんにちはー、…平気ですか?」
「おー…。何が?」
「すごい辛そうに歩いてるので…」




そっと近寄り、首を傾げて問いかけると、謙也先輩が「あー、」と呟く。
…こ、声に覇気がないんだけど…こんなに元気のない先輩、珍しい。いつもハキハキ話すし、素早く動いてるイメージがある。
首筋から垂れている汗に、慌てて持っていたタオルを渡す。先輩はおおきに、と告げてそのタオルを首にかけた。




「俺なぁ、暑いの嫌いやねん…」
「え!わたしも苦手な方ですけど、意外ですね」
「それ財前にも言われたわ。なんでなん?」
「イグアナ飼ってるぐらいですから…夏は好きなのかと」
「……まぁ、そうやろなぁ」





はぁあ、と本当にぐったりした様子で溜息をつく先輩は、普段なら絶対見ることができない。
ちょっと可愛い、なぁ。
それに頬が緩むのを感じると、先輩もおんなじように緩く微笑んだ。





「好きになれる方法とかないんかな」
「夏のいいところ、探してみます?」
「そやな。うーん…」




じりじりと照りつける日差しを感じながら、部室へと歩みを進める。
今日の鍵当番は小石川先輩だから、部室の中はきっと涼しくなってるはず。
謙也先輩は首にかけたタオルを両手で掴みながら、悩み始めた。
夏のいいところ、か。わたしも暑いのはあんまり好きじゃないし…うーん……。





「あ!すっごく暑いときの冷たいプールは、夏限定ですよね?」
「おん!それはええなぁ!」
「上がったあとは全体的にぬるくて気持ちいいです」
「そうそう!熱かった風も涼しく感じるっちゅうか…」





先輩が何度か頷いて、部室のドアを開ける。
中には誰もいないけれど、エアコンの冷気が零れてきて心地好い。(小石川先輩がつけといてくれたのかな)


ふは、と脱力したような先輩の声が隣から聞こえて、思わず笑ってしまった。






「なんや?」
「普段より可愛いなぁと思って…」
「かっ…!ど、どういう意味やねん!」
「こんな先輩が見られるなら、夏も好きになりそうです」



目を丸くしたまま焦った様子の謙也先輩。
今日も今日で、ヘタレてるなー……そこが好き、というか。
先に、部室の中へ入る。






「やっぱり部室は涼しいですね、」





そう言って振り向けば、手を掴まれた。
……えええ。









「謙也先輩、手あっついですよ。熱中症なんじゃ…」
「ちゃう」
「じゃあ、あの、……何ですか?」





痛いくらいに、指先を絡ませる謙也先輩。
その手はとても熱くて、その瞳は、真っ直ぐわたしを見つめている。
…あ、ドア閉めなきゃ。部室の外からは、むっとした風が入り込んでいた。
静かな機械音を発するエアコンと、蝉の鳴き声。心臓がどくどくと高鳴る。



ていうか。どうしよう。こんなの、耐えられない。
すきって、言っちゃいそう。











「好きや、名前」






あ、


先輩のこんな声、はじめて聞いた。
先輩のこんな顔、はじめて、見た。




×