君を、待ってた






「っだー…!」


隣でかりかりと原稿用紙の升目を埋めてていたはずの級友が、突然奇声と共にばたりと机に突っ伏した。
面倒そうな表情をつくろいもせず、財前は作業の手を止めずに横目で右隣を見た。

っちゅーか、今ごっつい音せーへんかったか。

散乱したプリントと、その上に、頭。
右手には彼女のお気に入りのシャーペンを持ったままで、上半身だけがべったりと机の上に乗っかっている。


「…何しとんねん」


思わずため息交じりにそう言ったら、名前は姿勢を変えないままに顔だけこちらを振り返った。
額が赤くなっているのは、先程大層な音を立てたことが原因だと思われる。


「続きせえや、帰れんで」
「だってもう書くことないよー。だいたい授業中に携帯いじってたくらいで反省文て…、いまどきどうなの…」
「いっこもおかしいとこあらへんやろ。そうでなくてもお前授業中に飴舐めたり寝たりしとんねやから」
「だあってさー…」


もごもごと文句を言いながら、起きる気のないらしい名前に溜息をついて、財前は自分の作業に戻る。
日直だからと押し付けられた座席表も作り終え、委員会で頼まれた集計作業にひたすら電卓をたたく。

何となく視線を感じて横を見ると、机にべったりと片頬を押し付けたまま、名前がじっと手元を見ていた。


「…お前、その顔女捨ててんで」
「もともとですほっといて下さい」


どうやら本気できてるらしい友人の姿に、財前はもう一度溜息をついた。
今まで計算した分の結果をルーズリーフの隅に書き留め、鞄から財布を引っ張り出して教室を出た。


そもそも、反省文なんてそんなに頭を捻って書かなければいけないことだろうか。
適当な謝罪文を馬鹿丁寧に言いかえれば、字数は埋まる。
日本語はそういうもんじゃないかと肩をすくめながら、自動販売機の前で止まった。

先輩がよく買っていた炭酸が売り切れているのを見て、こんなものよく飲むなとぼんやり思った。
がちゃんがこんと大きな音を立てて落ちてきたものを拾って、見慣れた缶の印刷を眺めた。

冬になると、ただ廊下に立っているだけでもこんなに冷える。
早く教室に戻ろうと、握った温かい缶を掌ごとセーターのポケットに突っ込んだ。


行儀悪くもがらりと足でけり開いた教室の中で、名前は未だ机の上で死んでいた。
こんな寒い中、よくも冷たい机にそんなくっついていられるものだと半ば感心しながら席に戻る。


「お前、まだ死んどるんか」
「…もう無理。書けない。何書けばいいのか分かんない。書いてるうちに日本語わけわかんなくなる」


非常に絡み辛いことになっている級友に、また溜息。

普段、自分の周りに居る人たちが、勝手に絡んで来るものだから、自分からどう行けばいいのかこういう時に悩む。
真似をすればいいかといえば、あんなこと自分にできる訳ないだろうし、かといって、放っておくのも忍びない。

自分のために買ってきたはちみつレモンで両手を温めながら、ぴらぴらとプリントをめくって残りを確認する。
あと30分かかるだろうか。
名前の机に散らばる原稿用紙は、まだ白紙の部分の方が圧倒的に多い。

夏の終わりに部活を去って行ったあの人たちなら、こういう時もそつなくこなせるんだろうなと思いながらも、言葉は出ない。
結局、何も言えずに名前がごりごりと額を押しつけている机の隅に、こつんとミルクティーを置いた。


「え」
「……」


小さな音で顔を上げた名前が、机の隅の勘を手にとって、ぽかんとした間抜け面を曝した。
そのまま、ぐるんと財前を振り返る。

その姿を視界の隅にいれながらも、やっぱり言うべき言葉は見つからないまま、自分の分の缶のプルタブを開けた。
小さく、空気の抜ける音がした。


「ふはっ」
「…何笑っとんねん、気色悪い」
「うん、ごめん」


へらへらと笑いながら、名前はミルクティーを両手でつかんだ。

「……」
「……」
「……ねえ」
「なんやねん」


中断していた作業を再開させて、プリントをめくりながら電卓を打つ。


「何で冷たいんですか」
「そら缶やからやろ」
「違うよ!何でアイス買ってきたの!いや買ってきてくれたのは嬉しいんですけど!」
「要らんならもらう」
「あげないけどさあ!」


素直じゃないだの意地が悪いだの飴と鞭だのぶつくさ呟く名前にバレないように、笑いをこらえた。


「……ざーいぜん」
「あ?」
「ありがとうございました」


わざわざ頭まで下げた丁寧なあいさつは照れ隠しなんだろうなあと思いながら、小さく頷いた。

何だか知らないが、とりあえず、自分の判断は間違ってなかったらしい。


「適当に、書けばええやろ」
「ええー、それで再提出食らって枚数倍にされた先輩知ってるし」
「俺も知っとるけど…、あれは本人が救いようないからや。適当に謝っとれ、んで、終わったら俺に善哉奢れ」
「ええー」
「ほら、わかったらさっさとやり」


うーだのあーだの言いながらもペンを持った姿を横目で確認してから、またプリントの数字を追う。
これで少しは進むだろうか。

夏ならばまだ太陽が照りつけていたこの時間は、今では夕暮れ時だった。
教室に差し込む西日に目を細めて、もう一度、溜息をついた。




君を、待ってた





***

甘露ちゃんからのいただきもの!スランプに凹んでいたら励ましのために書いてくれました
普段彼女のことをドエスだドエスだと言ってるんですが、態度を改めねばならないね!
先に帰らないで待ってくれるとこや、ミルクティー買ってきてくれるとこ、でもそれがアイスなとこ…! もう財前くんには無限の可能性を感じますね!結婚してくれ!

本当にありがとう、がんばってスランプ治しますグスン!ありがとうありがとう!



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