移り香ときみの罠






「トリックオアトリート!」
「…え?」



思わず聞き返す。名前先輩は、何を言ってるんだ。




「だから、トリックオアトリート」
「…いや…なんで、俺に言うんですか」




むっとしてすぐに言い捨てる。

が、サングラスをかけた俺の表情は、名前先輩には読み取れなかったのだろう。
きょとんとした顔で首を傾げられ、挙句の果てに「ハロウィンだから」と言われてしまった。


いや、ハロウィンなのはさすがに知っている。
けれど、それよりも重要なイベントがあって。





「名前先輩…今日10月31日ですよね」
「うん。それがどうかした?」
「………」




深い溜息をつく。
きっと、先輩は俺の誕生日を知らないのだ。

先輩と俺は仲が良いから、祝ってくれるはず。
なんて、密かに期待していた自分がバカだったのかもしれない。



力が抜けて、ベンチにもたれこむ。恥ずかしさと情けなさで、顔を隠したくなった。





「室町くん、お菓子もってないの?」
「…持ってないですよ。第一、部活中でしょう」
「ふふ、そっか」



名前先輩の笑う声がすぐ近くで聞こえて、ぎょっとする。




「っせんぱい、近、」
「あのね…」



透き通った双眸は楽しげに細められていて、どきどきと胸が高鳴る。
近い。近すぎる。


ほんの僅かに甘い匂いがした。









「お菓子くれなきゃ、イタズラするよ」






秋らしい風が吹いて、先輩の声が聞き取り辛い。聞き返そうと唇を開けば、膝の上に、何かを置かれる感覚。
かさかさと音が鳴るのに気を取られているうちに、サングラスを外されてしまった。


瞼に、先輩の柔らかい唇が当たる。








「室町くん、誕生日おめでとう」
「……名前先輩ってほんと…」





先輩は俺の呟いた言葉に「ん?」と首を傾げたけれど、首を振る。

ああ、悪戯されたなあ。
膝に乗せられたオレンジ色のクッキーに、笑みが零れた。






移り香ときみの罠




(1031 // 室町くん誕生日おめでとう!そしてハッピーハロウィン!)



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