だれかが誰かの心を奪って




がたがた、と大きな音が聞こえたかと思えば、部室のドアが開く。
あれ、こんな時間にだれだろう。


スコアノートから顔を上げると、小さな背格好に似合わないラケットバッグを肩に下げた越前くんが立っていた。



「…名前先輩、何してるの。もう放課後っすよ」
「今日、大石くん休みだから…鍵当番。で、昨日の分のスコア書いてたんだ」
「ふうん」



越前くんが、机に座るわたしに近寄ってきて、ノートを見つめる。
さらさらの髪の毛が耳元に当たって、くすぐったい。





「越前くんは、どうしたの?」
「置き傘してたから、それを取りに」
「…もしかして今、雨降ってる?」
「降ってるけど…気付かなかったんスか」




呆れたように溜息をつかれて、情けなくなり俯いた。
たしかに、窓の外からは雨音が聞こえる。集中しすぎて気付かなかったんだなぁ…。



「……先輩、俺の傘使っていいよ」
「ええ!いいよ、越前くんが濡れちゃうでしょ」
「別に。家近いし、走って帰れば…、」
「風邪ひいちゃうって!」



ぶんぶんと首を振ると、越前くんは拗ねたように唇を尖らせた。
そ、そんな可愛い顔したってだめだよ。選手の健康管理はマネージャーの仕事なんだし、これで風邪ひかせちゃったらどうしようもない…!


手塚くんに無言で怒られそうだと想像して、スコアノートを閉じる。
下校時間まで部室で待ってればいいよね、それでも雨が止まなかったら急いで帰ろう。



そう考えていれば越前くんが、シャーペンを握っていたわたしの手を、ぎゅっと掴んだ。



「えええ越前くん、手っ!」
「じゃ、一緒に帰るしかないっすね」
「(えっシカトされた…)……うん?一緒にって?」
「相合傘」
「あ、相合傘!?」
「そう」



びっくりして椅子を引いてしまい、ペンケースが床に落ちる。
越前くんと、相合傘って!


越前くんは特に気にした様子も見せずに、「スコア書き終わったんでしょ。早く帰ろ」とわたしの指先を引っ張り、口元を緩ませた。




だれかが誰かの心を奪って
( ねえ越前くん、顔があついよ! )



(1010 // 雨の日の話。タメ口と敬語の比率がむずかしい)



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