ピアスのひとは2年生 白石先輩に案内してもらいながら、テニスコートを眺める。 わたしと先輩以外には人がいない。テニス部の人たちは結構ルーズなんだろうか。 運動部らしい使い込まれた用具を見ると、すこしだけわくわくした。 チャリ、と鍵の鳴る音。 部室のドアを開けた先輩が、どうぞ、と手で促す。 「ここが部室や」 「結構広いですね…」 「んー…まだ皆来てないみたいやし、早速仕事頼んでもええか?」 「あ、はい!大丈夫です」 小さく頷いて、兄に借りたスポーツバッグを床に降ろそうとした。 けれど、床の埃っぽさと汚さに気付き、慌ててテーブルへ移動させる。 なんだこの汚さ…!さすが男子テニス部…!!(…いや、これは偏見か) 「名前、それ買ったん?」 「いえ…あの、兄のです」 スポーツバッグを指差してそう告げれば、ああ、と納得したように白石先輩が呟く。 そして名前表記のないロッカーの扉を開けた。 がしょん、と大きな音がする。閉てつけ悪いのかな。 先輩の後ろから覗くと、雑巾とバケツ、箒とチリトリが見えた。 あとは水拭きモップが入っている。掃除用具入れ、だろうか。 ……使ってる気配が全く見えないけど。(やっぱり自由というか、ルーズというか…) 「こん中にあるの使ってええから、とりあえず部室の掃除頼むわ」 「わかりました。個人のロッカー内は掃除しない方がいいですよね…?」 「おん。多分あと30分くらいで全員集まるやろうから、」 「じゃあ、それまでに終わらせます!」 頭の中で、最初にどこを掃除しようか考えつつ、ロッカーに近付く。 白石先輩はすこし目を丸くしてから、にこりと微笑んだ。 *** 「うーん…このぐらいでいっか」 白石先輩は用事があるとかで、出て行ってしまってから25分。 部室はだいたい綺麗になった…、はず。 床も壁も置いてあったテーブルも椅子も、目に付くものは何から何まで掃除した。 正直、床の汚さには悩まされたけど。(拭いても拭いても汚れとれないし…!) ワックス掛けでもしようかと思ったぐらいだ。 部室から出て、バケツの中の汚れた水を水道まで持っていく。 外あっついなぁ……こんな状況で運動するとか信じられない…!! ざー、と黒ずんだ水が流れていくのを見つめながら、そろそろ30分経つことに気付く。 初対面のひとと話したり挨拶するのが苦手なわたしは、先を想像して小さく溜息をついた。 「お前、ここで何してんねん」 「……えっ、」 黒い髪。気だるそうな表情。両耳にはたくさんの、ピアス。 肩にかけられたヘッドホンからはしゃかしゃかと音が漏れている。 まっすぐ睨む瞳が、あきらかにわたしを怪しんでいるのがわかった。 この先輩の(…先輩だよね、確実に)威圧感が…やばい。 運動部なのにこんな不良でいいの? 「部外者は入ったらアカンって知らんのか」 「あ…えっと、わたし、ま、マネージャーです。入ったばっかりなんですけど」 「…マネージャー?」 バケツをもちながら慌ててそう言うと、不良さんは訝しげな視線をわたしに向けた。 お、思いっきり怪しまれてる…!! テニス部の先輩達は人気があるから、写真を撮るためだとか、そういう目的で侵入するひとも少なくないらしい。 きっとそれだと思われてる、はず。 一応マネージャーとしてのやる気はあるのに、ショックだ。 マネージャーをやるのも、わたしが初めてだそうで。 友達に告げたときにはものすごく羨ましがられたけど、だったら変わってほしいぐらいだ。 ……特に今!睨まれてるこのとき! 誰でもいいから、変わってください。 「おー、財前。今日は早いんやな」 「…委員会なかったんで」 「し…、白石先輩!」 「名前、掃除はどや?」 「あ、終わりました。今換気してます」 白石先輩が、ひょいと不良さんの後ろから顔を覗かせた。その後ろには、部員の人たちもいるみたいだ。 て、てんし…!不覚だけど先輩が天使に見えた!! 先輩が誤解をといてくれるだろうという安堵や、不良さんの目が怖いことで若干瞳が潤む。 「つーか、何すかコレ」 「(これ呼ばわり…!?)」 「ん?ああ、今日から入ってもらうマネージャーや」 あとで自己紹介せなあかんなー、と白石先輩が暢気に呟く。 財前、と呼ばれた不良さんは、まだ納得のいかないような顔でわたしを見つめ、ヘッドホンを付け直した。 先輩の後ろにいた他の部員さん達には興味深そうにじろじろ見られるし、………。 先行きがものすごく、不安です。 「財前は名前と同じクラスやから、仲良うしたってな」 「は……、い?えっ2年生ですか!?」 「…クラスメイトの顔ぐらい覚えとき」 「(3年生かと思ってた…!)」 ×
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