コンタクトさえ落とさなければ









「あ」





違和感から目を擦れば、ぽろりとコンタクトレンズが落ちる感覚。
よりにもよって、視力の悪い左眼の方を落としてしまった。


担任に、資料室に置いてきてほしいと渡された書類の束を床に置き、
ぼやける視界に苛々しつつしゃがみ込む。




書類頼まれたときに断ればよかったかも。(まあ、断りきれないんだけど)

長く溜息をついて、床を手で触る。
ざらついた床は掃除が行き届いていないせいで、手触りは最悪だ。
なるべく手が汚れないようにしたい。
でも、落ちたコンタクトを素早く探し当ててここから去りたい気持ちの方が大きかった。



何しろここは、3年生の教室の前。
全く人がいないのがラッキーだったけど。
部活に行ったか、もう帰ったんだろう。



とにかく、3年生にはあまりいい印象がない。
入学式にコントやりだすし、一斉にずっこけるし。
同い年の子たちは同じようにずっこけていたり、笑っていたりしてたけれど
わたしは転校してきたばかりで、いまいちノリきれなかった。



あ、あと妙にイケメンが多い。
殆どの先輩さんは、そのイケメンたちのファンクラブを秘密裏に作ってるらしい。



一回だけテニス部の部長を見かけたことがあったけど、確かにかっこよかった。
…そのときわたしは、今のようにたくさんの資料を運んでて…物凄く、ださかった。




「(うわっ嫌なこと思い出した…!さっさと探そう…)」




そう意気込んで、床に目線を落とす。と、今まで真っ白だった床に影ができた。
あれ、今ってこんな暗かったっけ…?
放課後といっても、5時前ぐらいだと思ってたのに。




「何してるん?」
「…、」




黄緑と黄色のジャージを着たひとが、しゃがみこむわたしの目の前に立っていた。





「(……テニス部の…)」
「なんか落とした?手伝おか?」
「コンタクトを、…あ!でも平気です、探せます」




逆光で顔がよく見えないけど、テニス部ということは相当イケメンなはず。
そんな人に手伝ってもらうなんて緊張するし、それに色んな人の反感買いそう…!!

わざわざありがとうございます、と付け足してから視線を外してコンタクトを探す。




「…思ったとおりの、子や」
「は?」




何がですか?と聞きたいところをぐっと堪えて(あっ今「は?」とか言っちゃった大丈夫かな)、もう一度顔をあげた。

テニス部の人は目の前でしゃがみ込み、いつのまにかバラけていた資料を整えている。



ミルクティー色でさらさらした髪の毛、色白の肌。
俯いた顔から覗く睫毛が長くて、鼻筋が綺麗で……ああ、もしかしなくても。




このひと、テニス部の部長だ。




「(いやいやいや、何このシチュエーション…!)」
「資料運んでたんか。偉いなぁ」
「え?あ、ありがとうございます……あの、ほんと大丈夫ですよ」
「いや、もう暗くなってきたし。二人の方が探しやすいやろ、な」



優しげな声でそう言われて、はい、と言うしかない状況になってしまった。
……誰かに目撃されたりしたら、やばい。
変な時期に転校してきたことで、ただでさえ目立っているのにこれ以上目立つわけには…。

早くコンタクト探そう。




「名前、なんて言うん?」
「え……っと、名字名前です」
「あー、財前のクラスの転校生って名前のことやったんやな」



い、いきなり呼び捨て…!!!(…ていうか財前ってだれ…?)

頷きながら床を見つめていると、「お!」と耳元で大声を出される。
びっくりして顔を上げれば、整った顔が嬉しげな笑顔をつくっていた。




「あったあった!これやろ?」
「わああ、これです!助かりました、ありがとうございます」



かっこよくて優しい、いい先輩だなぁ。(これからは3年生に対する思いを改めよう…!)
長い指がそっとつまんでいる透明なコンタクトを受け取ろうと、手を伸ばした。

が、直前で距離を離される。
いじめっこが物を天井に向けて上げるように、高く。



「あ、あの」
「俺な、テニス部の部長やっとる、白石蔵ノ介っちゅうんや」
「はあ…?一応知ってます…」
「ほんまか!なんや嬉しいわ。そんでな?」






白石先輩は、そのかっこいい顔をわたしに近付けて、






「俺、名前のこと好きなんやけど、テニス部のマネジやってみぃへん?
…あ、やらん言うたらコンタクト返さへんで」







前言撤回。このひと、全然いい先輩じゃない。
というか、好きって、なんですか。