せんぱいは変態 「っ、せ、先輩」 「……あー…めっちゃ興奮する」 「え!?」 さらりと爆弾発言を落とした白石先輩の薄い唇が、わたしの唇から、額や頬、瞼に移動していく。 ちゅ、と音をたててキスされると、死ぬほど恥ずかしい。 なんなんだこの状況。と言うか先輩、授業は…! 瞼を閉じ、下唇を噛んで耐える。 耳元でくすくすと笑う白石先輩の声はいつもより低くて、それでも、甘すぎる。 「…あのっ……キスとか、初めてなんです、けど…」 思った以上に掠れた声が出て、びっくりした。 勢いで言い切って先輩の胸を押し、もう口付けられないようにと俯く。…顔が赤いのを隠したい、なんて気持ちもあったけど。 鼓動の音が指先にまで伝わってそうで怖い。 頭も顔も耳も、身体の全てが熱くなってぐらぐらする。 白石先輩がわたしのことを、好きだって。 そう実感すると、じわりと涙が滲んできた。 「名前の初めて貰えて、嬉しいわ」 「………いやいやいや!こう…なんか…もっとあるじゃないですか」 「んー、例えば?」 シチュエーションとか、距離感とか。 引っ込んでいった涙に溜息をつきたくなりながら、促されるまま、ぼそぼそと付け足す。 わたしの答えを聞いた白石先輩が吹き出したのにつられて、顔を上げた。 「もういいです!」と真っ赤な顔で叫んだけれど、先輩はすまんすまんとお腹を抱えて笑いを堪えている。む、むかつく! そりゃ、先輩と…キ、キスできたのは嬉しいけど、あんな状況でされたら思い出も何もあったもんじゃない。 「好きやで、名前」 綺麗な笑みを浮かべ、自然な動作で頬に触れる白石先輩。 どきりと心臓が高鳴って、締め付けられるように痛んだ。 「…ど、どういう意味の、ですか…」 「…うーん…難しなぁ」 すこし反抗したくなって、唇を尖らせる。 今までのことを考えたら、これぐらい全然許される範囲だろう。 白石先輩は本当に悩んでいるようで、眉間をきゅっと寄せていた。 ふわりと薄いカーテンが揺れ、開け放たれた窓から風が入り込んでくる。 先輩のミルクティー色の髪の毛と、わたしの前髪が風に靡いた。 どういう意味の、すきですか。 わたしと同じことを考えていますか? 彼の長い睫毛をじっと見つめながら、心のなかで問いかける。 「襲いたいくらい」 「…はい!?」 「あかん?…じゃあ食べちゃいたいくらい」 「、ちょっと…」 悪戯っぽい表情で口角を上げる白石先輩に、口をぱくぱくと開閉した。 襲いたいとか食べちゃいたいとか、何言ってるんだこのひと。 変態だと言うことはわかっていたけれど、まさかここまでとは。 先輩を好きになってしまった自分に頭を抱えたくなる。 顔を引き攣らせながら腰を反らして後退ると、先輩は少しだけ頬を染めて唇を開いた。 「――ずっと俺の傍にいてほしいって気持ちの、好き」 「っ、な…」 「なぁ、名前は?」 「う…あ、えっと」 不意打ちだった。 かっと熱くなる頬を隠したくて俯こうとしたら、それを読んでいたのか、先輩の長い手がわたしの頭を抱き寄せる。 死にそうなくらいどきどきする。 拳を握っていた手がじっとりと湿っていて、熱い。 保健室の床にそのまま座っているから、脚だけは冷たいのが救いだ。 さらさらの髪の毛が耳に触れ、背筋が粟立つ。 びくりと肩を揺らしたのに気付いたのか、先輩の指先がわたしの髪の毛を梳き始めた。 もう片方の手で背中を撫でられて、だんだんと鼓動が落ち着いてくる。 「……わたしも、白石先輩が…すき、です」 「知っとる」 「! …いじわる、ですね」 にっこりと微笑んだ先輩の言葉に、ふふ、と笑みが零れる。 白石先輩って、本当に意地悪だと思う。 「……なんや今の名前の顔…めっちゃエクスタシーや」 あかん、と白石先輩がわたしの首筋に顔を埋めた。耳がすこしだけ赤く染まっていて、また笑ってしまう。 なんかもう、エクスタシー発言も流せるようになってしまったから不思議だ。 「キスして、ええ?」 「……聞くんですか?」 そう言うと、白石先輩は口元を緩ませて笑い、わたしの背中に手を回した。 「…ん、」 長いキス。何度も交わされて、合間に先輩の吐息が漏れた。 ああ、白石先輩がすきだなぁ。 唇が離され、はあ、と吐息をつく。うう、顔赤くなってそう…。 無言のままの先輩に、不思議に思って顔を上げる。 『パシャッ』 静かな保健室に携帯のシャッター音が響いた。 …いや、ちょっと待って。 「……は?」 「ええ顔。今度、これ待受にするわ」 「えっ…!?やめてください!」 「あかん?せやったら、これ見ながらひとりで…」 「わああああ!も、もう待受でいいです!!」 白石先輩が好き。 ――好きだけど、やっぱり、せんぱいは変態だ。 |