隠れた子猫を見つけたのは 昼下がりの保健室。差し込んでくる陽光が清潔感のあるベッドに反射して、眩しい。 この前の部活で遠山くんのボールが当たったおでこは、前以上に腫れてしまっている。 あの電話のあと、床に落ちた子機を拾おうとしてテーブルにぶつけてしまったのだ。 動揺してたとはいえ、情けない。 「(…あれ、先生いないのかな)」 ドアをゆっくりと開けて中を覗き、人影が見えないことに溜息をつく。 まぁ、湿布くらいなら自分で処置できるよね。 そう思い、後ろ手でドアを閉めて中へ入る。 清潔感の溢れる保健室は、薬の匂いがする。特に、湿布の匂い。 あの鼻につく独特の匂いは、あまり好きじゃない。…今からそれを貼らなきゃいけないんだけど。 「湿布…どこだろ」 「―――せやから、」 薬箱を探そうと、視線をうろうろ彷徨わせて、独り言を呟いたときだった。 聞こえた声は耳にするりと馴染んで、そのかわりに心臓が高鳴る。 陽光に透けるような白い肌、真剣な横顔。 あまりに綺麗なその姿に、声を出さぬよう口元を押さえる。 動揺したせいか上靴が床に擦れてキュッと鳴り、すぐにしゃがみこむ。 自分の中で反響する鼓動の音が激しい。顔中に熱が集まった気がした。 「(し、白石先輩、だ)」 前髪の隙間からそっと、その姿を見つめる。先輩はこちらに背を向けていて、窓の外にいる誰かと話しているみたいだ。 開け放たれた窓の近くには、クッションの色が剥げたパイプ椅子が置いてある。 その近くに先輩の足があるから…きっとそれに座ってるんだろう。 「あっちが俺を好きなことはわかっとるんやけど」 「…すごか自信ば持っとうね」 「まぁ色々あって、な。確信はもってるんや」 盗み聞きなんてしたくないけれど、白石先輩の言葉に胸が痛んだ。 …先輩、好きなひといるんだ。しかも両思いの確信があるって…。 告白したリコちゃんのことかもしれない。 話してるのは千歳先輩、かな。 バレないように膝立ちのまま、少しだけ近くへ移動する。これで、しゃがんでても見えるはず…うう、なんか怪しいことしてるみたい。 ベッドを隠すように置いてある仕切り板から、こっそりと先輩を見つめる。 手にうっすらと汗をかいてしまった。嫌な、汗。 「本人に…どう、言えばええのか……わからへん」 「いつもの完璧さはどうしたと?白石」 悪戯っぽく千歳先輩が問いかける声が聞こえて、白石先輩が苦笑いする。 胸がぎゅっと掴まれたように、痛んだ。 先輩の好きな人はわたしじゃない。 だって、確信をもてるようなこと、してないから。 振り払ったり、飛び退いたり、怒ったり、逃げたり…。 いや、それは先輩が変態だからであって……! 思い出すと腹が立ってきて、先輩をじっと見つめる。 あんなにかっこいいのに、変態なんておかしい。 「…ばってん、素直なのが一番やと思うばい」 口元を緩めた千歳先輩は、仕切りから顔を出すわたしを見つめながら、そう言った。 …今、見られた気が…。 驚きを隠せずに目を見開くと、千歳先輩がにこっと笑いかけてくる。 「っ…!!」 慌てて仕切り板に隠れ、叫びだしてしまいそうになる口を塞いだ。 やばい。やばい。絶対バレてる。 「ふはっ…!子猫が驚いとっと。むぞかねぇ」 「? 猫なんて居らへんで、千歳」 「…"そこ"に居るけん、白石、頑張りなっせ」 「(…ちっ…千歳先輩のばか…!!)」 千歳先輩はわざと、白石先輩の後ろに向かって声をかける。 …つまり、わたしに向かってだ。 「――は?…ちょ、おい、千歳!」 先輩が訝しげな声をあげる。 それを聞いた途端、心臓の音が煩くなった。思わず息を止めてしまいそうになり、苦しい。 上履きが床に擦れる音。先輩が、近付いてくる。 どうしよう。 瞳をぎゅっと瞑ったせいで、鼓動や足音がクリアに聞こえる。 「……名前…」 ああ、わたしはきっと、真っ赤だ。 |