脈なし?脈あり?









「脈なし、か…」






溜息と一緒に吐き出した声。
頬を掠める自分の髪の毛から、なんとなく名前の匂いがした気がして、余計に虚しくなった。
今まで、名前もちょっとは意識してるやろ、と思ってたんやけど。



「図書室で後輩の子が呼んでますよ。白石先輩に用があるって言ってました」。
大したことではないように、表情も変えず名前が発した言葉。
頭の中で繰り返して、部室の机に頬杖をつく。



まぁ予想通り、その後輩の子は俺に告白してきた。
名前に協力してほしいとか、頼んだんやろな。


そうまで言われて、俺に何のアクションも起こさないのは、やっぱり少しも気がないからだろうか。




「……さすがに、キツイな」












「…何ぼやいてんです?」
「! おー、…財前。残ってたんか」
「暇だったんで。部長こそ何しとるんすか?もう六時ですけど」


そう言いながら、俺の真正面に座る後輩の様子を眺める。
五時半には部活終わらせたし…部室で考え事してたら、三十分も経ってたんか。



「んー、まぁ…物思いに更けてたっちゅうか…」
「……なんか、きしょいっすね」




呆れた顔で財前が呟いた。
その視線はあくまで携帯に向いていて、こっちを見てはいない。それを注意しようと口を開いたものの、すぐに唇を閉じる。



ああ、なんや。
俺結構ダメージ受けてるんやな。





「二人そろって…」
「ん?」
「なんでもないっす」



財前は俺の問いかけに首を振って、携帯のボタンを何度か押していた。
またブログでも書いてるんやろか。
俺は視線をロッカーに移して、とん、と机を叩く。




***






『悪いんやけど…好きな人がおるんや』
『……名字先輩、ですよね』
『…そう、やな』
『はい。もうわかってたので、いいんです。…ごめんなさい、名字先輩を利用しちゃって』






***





困ったように眉を下げた一年の子にまで、バレている恋心。
つか、普通あそこまでわかりやすい態度しとったら気付くやろ。…いや、そういう鈍感なところも可愛いんやけど。

机の冷たさを感じながらもう一度、深く溜息をつく。



その子に告白されてからというもの、名前がよそよそしい態度になった。
たぶん、俺が付き合ったとか勘違いしてるんちゃうかな。

……あー。

俺が好きなのは、名前やっちゅうねん。
やっぱもう少しわかりやすい態度してみよか?…いや、それで名前に嫌われたら本末転倒や。
まぁ、脈ナシの時点で転倒も何もないか。








「…部長すんません、電話っすわ」
「ああ、出てええで」



短めの着信音が流れて、財前が携帯を耳に当てる。




「……は?…ふーん、お前兄貴おったん?…礼とかいらんわ。それで、どないするん」




財前は受け答えをしながら、黒いイヤホンを指先で回している。
電話口の向こうから若干聞こえてくるのは、明らかに女の子の声。

へえ、彼女でもできたんかな。
興味を隠せずに財前を見つめると、嫌そうに眉を寄せられた。






「…態度で示す?名字には無理やろ。……つか、態度態度ってお前も部長も空回りしすぎやねん。ちゃんと言葉で示さんと」





心臓が跳ねる。

名字って、財前、自分もしかして名前と電話しとるんか。





「告白しろって言われた?その兄貴わかっとるやんか。それが一番ええんちゃう。……あ?告白の仕方?んなもん自分で考えろや、あほ」





ピッ、と電子音が響く。





「財前、今の、」
「…ってことなんで。ほんまに脈ナシだと思います?」





財前はそう言うと口元を緩ませて、イヤホンを耳につけた。
そしてラケットバッグを肩に掛け直し、席を立つ。



…何も聞くなっちゅうことか。







「……おおきに」





呟いたその言葉に、返事はなかった。けれど、部室から出る財前の耳が少しだけ赤い。
照れ屋な奴、やな。





 




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