苦しくなるのは何のせい 『あの人のこと、好きなんやろ』 財前くんに言われた言葉が、何度も何度も頭の中をまわる。 そのせいで、部活にも身が入らなかった。遠山くんのボールが思いっきりおでこに当たっちゃうくらい。…あれは相当痛かったなぁ。 でも怪我はないみたいだし、と額を擦る。家に帰ったら一応湿布貼ろう。 『――はよ自覚せんと後悔するで』 自覚もなにも…す、すき…は無いでしょ。うん。だって白石先輩だし。 スポーツバックがずり落ち、重心がふらついて足を挫きそうになる。一人で歩く帰り道でも少し恥ずかしくて、自然と早足になった。 …白石先輩はリコちゃんと付き合ったのかなぁ。 もしそうなら悪いから、今日は最低限近付かないようにした。話しかけられてもなるべく簡潔に答えた。…財前くんに睨まれたけど。 ああでも、白石先輩だってわかってるはず。 わたしになんか構ってないで、彼女に優しくするべきってこと。 「……っ」 喉の奥が苦しいような感覚がして、無理矢理首を振る。 あんな変な行為、やめてほしいって思ってたんだから、これでいいんだ。 *** 家に帰ってきた途端、家の電話が鳴った。 普段は着信と言えば携帯だし、あまりかかってこないから、一瞬何の音かわからなかったけど。 「はいもしもし…名字です」 「俺だ」 慌てて靴を脱ぎ、画面も見ぬまま電話をとると、抑えた声が聞こえてくる。 …おれだ、って…しかもこの声…もしかして。 「お兄ちゃん?」 「ああ。久しぶりだな」 「うん、そうだね…あ、なにか用?」 「特に用ってわけじゃねぇが…お前の声が聞きたくなった」 鞄とスポーツバッグを床に降ろしながら、子機を持ったままリビングへ向かう。ソファに座ってよく耳をすませてみると、がやがやと騒がしい。あ、お兄ちゃんまだ学校なのかな。 妹との電話で、声が聞きたくなったなんて言えちゃうところが、さすがお兄ちゃんと言うか、なんというか…。 「テニス部のマネジは順調か?」 「…だ、大丈夫」 「……ならいい」 突然の問いかけに詰まって、歯切れの悪い返事をしてしまった。お兄ちゃんは少しだけ黙ったあと、そう呟く。 「他に悩んでることは?」 「え」 「何でもいい。言ってみろ」 「……あの、わたしの悩みじゃなくて、友達のことでもいい?」 「構わねぇから早く言え」 相変わらずの横暴さに、苦笑いしてしまった。 どうしても自分のことだとは話しにくくて、友達という設定で話し始める。 喉が渇き、立ち上がって冷蔵庫から飲み物を取り出した。…わたし、なんでこんなに緊張してるんだろう。 「えっと、友達が先輩にいつもからかわれてて…それが嫌だったらしいんだけど。その先輩に後輩の子が、告白したみたいで」 「ああ」 「それから…友達がね、その先輩のことを考えると苦しくなるんだって。どうしてあげれば、いいかな」 ねえお兄ちゃん、どうすればいいのかな。 子機を握る指先が冷たい。 言えない言葉を胸の内で呟き、飲み物を口に含んで静かに喉を鳴らす。 「…ふっ」 「! 今、笑ったよね」 お兄ちゃんが電話口の向こうで笑った気がして、眉間にしわが 寄った。すぐに「悪い」と謝る声が聞こえる。 ソファの上で体育座りをして、膝の上に顎をのせた。 「そいつ、その先輩とやらに恋してんだろ」 「っ…やっぱり…そうなんだ」 「フン、名前もわかってんじゃねぇか。ま、自覚させてやるのが一番だな」 「じゃ、じゃあ、自覚したあとは、どうすればいい?」 心臓がどくどくと高鳴って、唇が震える。 「わかりやすく態度で示すのが一番だろうが。それが無理なら―――告白しろ」 子機が指からするりと落ちた。 「(あ、わたし、)」 白石先輩のこと、すきなんだ。 *** 「…切れたな。ったく…相変わらず不器用だな、名前は」 「なんや跡部、名前ちゃんと電話しとったん?俺に代わってくれたらええのに」 「アーン?誰が代わるか」 「じゃ、後で電話かけたろ。……冗談やって、そんな睨まんでほしいわ」 ×
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