ダブルコンボ







「げっ…白石先輩…」
「言葉遣い悪いで、名前」
「うぐっ、く、苦しいです先輩!」



職員室前の廊下を歩いていると、向こう側から歩いてくる白石先輩を見つけた。…うわー。

眉を歪ませ後ろを向くが、その前に制服の襟を掴まれてしまった。
つーか、追いつくの早っ…!いつの間にこんな近くまで…まさか廊下走ったのか、この人。




「そや。名前に、頼みがあるんや」
「…あー…内容によります」




襟を掴む手からするりと逃げ出し、距離をとってから訝しげに先輩を見つめる。と、苦笑いされた。
頼みって、テニス部関係のことかな。それなら、こんな態度は良くない、よね…。
不本意ではありながらも、きちんと白石先輩に向き直って背筋を正す。先輩はへらりと笑って、わたしの足元を指差した。







「今名前が履いとる靴下俺にくれへん?」


「…は…?く、靴下!?」
「ん。パンツでもええけど」
「えっハードル上がってるんですけど!どっちも無理です!」




ぶんぶん、と大げさなぐらい首を降る。真っ向から否定しておかないと白石先輩は誤解するから危ない。
靴下ってなんだ。パンツってなんだ。思考が本格的に気持ち悪いんだけど、頭は大丈夫なんだろうか。
こんな性格でなぜあんなにモテているかが本当に疑問だ。もうこっそり噂でも流した方がいいのかな、白石先輩は変態です、って。





「人として終わってますよ先輩……と言うか、何で必要なんですか…」
「理由、聞きたい?」
「(ひいいい、なんか頬染めてる…!!)」




聞きたくないです、と再度首を振ってその場から立ち去ろうとした。

が、瞳に違和感を覚えて立ち止まる。
…ゴロゴロする。コンタクトがずれたのかな。思わず目を擦ると、痛みを感じた。
先輩が近寄ってくるのがわかり、余計に焦る。廊下でこんなに近付くのは、やばい。
誰かに目撃されたりしたら…うぅ、お、お腹も痛くなってきた…!




「名前、どないしたん」
「…なんでもないです…」
「あー…擦ったらあかん。ゆっくり目開けて」




潤んだ瞳を見てなんとなくわかったのか、先輩は真正面からわたしの頬に触れた。


目も痛い、お腹も痛い。職員室の前だから人通りは少ないけれど、たまに通る生徒が物珍しそうに見ていくのがわかる。
あと、女の子の鋭い視線。下級生から睨まれるわたしってどうなんだ……いや、白石先輩と同学年のひとから敵意持たれたらアウトだけど。…もう持たれてるかもしんない。





「んー睫毛が入っとるな…」
「あ、それだったら、自分で…」




「取ります」、と言いかけて絶句する。
目の前が暗くなったかと思えば、左目に生温かい感触。


なにこれ。





「…っ、ぎゃー!!!なんで今、しっ舌で取ったんですか!!」



状況を把握して鳥肌がたつ。白石先輩…いや、こいつ、舌でわたしの眼球舐めた…!!

背筋に走る悪寒と共に、周囲のどよめく声が聞こえる。
はっとして辺りを見回すと、一年生らしき女の子が二人、同じクラスの男子が三人。そして、職員室のドアの前に、担任の先生と渡邊先生。

先生たちはけらけらと談笑しながら去ってくれたからいいけど、男子や女の子達は小さな声でなにか喋っている。
……最っ悪だ。





「取れたで。もう痛くないやろ」
「ああああ…お腹が痛い……」
「…なんや、撫でてやろか?」





薄ピンクの舌先から睫毛を指に乗せて、にやりと笑う白石先輩。
もう何も言わずに、その場から逃げた。



靴下やパンツを欲しがられるし、おまけに目を舐められるし…思い出したらぞっとする。あの人ほんとに変態だ。怖い。

……あの女の子のどっちかは、白石先輩に恋してたんじゃないだろうか。もしかしたら、どっちも。…悪いことしちゃったのかな。わたしが忍足先輩みたいに足が速くて、すぐ逃げられたら良かったのに。


なんだか悲しくなって、もう睫毛は入っていないのに、瞳が潤んだ。




 




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