からかうのもいい加減にして








「あ、忍足先輩!白石先輩いますか」
「な…なんや名字、顔怖いで?どないしたん…?」





びくびくしながら顔を強張らせてそう聞く忍足先輩に、すみません、と返す。
藤枝くんのことで、ついつい眉を寄せてしまっていたようだ。忍足先輩に罪はない。
忍足先輩は心配そうに首を傾げてくれたけど、白石先輩のことで迷惑をかけるのもなぁと思い礼を言って、コートまで歩いた。



ほんと、用も無いのにクラスに来るのはやめてほしい。
転校生がいきなりテニス部のマネジになって、財前くんと隣の席で、白石先輩がしょっちゅうクラスにくるなんて誤解されるのも当たり前だろう。からかうのもいい加減にしてほしい。

財前くんの隣は、まぁ、担任の先生のせいだからしょうがないけど…それにしたって視線が痛い…。



コートを見回しながら白石先輩を探す。…まだ部活自体が始まっていないから、来てないのかな。絶対文句言ってやろうと思ってたのに…!時間が経てば経つほど、勢いが弱くなってしまいそうで怖い。


溜息をつきそうになるのをなんとか押しとどめて、部室に行こうと前を向いた。が、誰かにぶつかってしまう。い、いたい…。これ財前くんだったらどうしよう。背筋が凍るのを感じ、鼻を擦りながら目の前の人物を見上げた。






「名前、久しぶりやねー」
「わっ!ち、千歳先輩…いたんですね」
「猫ば追いかけてたら、コートに居たったい」




ほんなごつ不思議ばい、と言って千歳先輩は笑う。なんだ、千歳先輩か。それにしても部活で来たんじゃなくて猫を追いかけてくるなんて…らしいっちゃらしいけど。




「あの、白石先輩ってどこかわかりますか?」
「白石?あー…部室じゃなか?」




やっぱり部室か…!スポーツバッグを持つ手に力がこもった。ありがとうございます、と頭を下げる。千歳先輩は「良かよ」と口元を緩めると、頭を撫でてきた。あ、前もこんな感じだったなぁ。
よし、気を取り直して文句言ってやろう!そう意気込んで、部室へと足を速めた。








***




「白石先輩!」




部室のドアを開け放ちながらそう叫ぶ。
目当ての人物、白石先輩は、部室に置かれたシンプルなテーブルに突っ伏して寝ていた。


………え、ええ、え…?
身体の力が抜け、スポーツバッグの持ち手が肩からずるりと落ちる。





「寝て…るんですか?」



そっと問いかけても、返事は返ってこなかった。しんとした部室には先輩しかいないみたいだ。…本当に寝てるのかな。
スポーツバッグをドアの近くに置き、少しだけ近付く。長い睫毛が縁取った瞳は開くことはなく、聞こえるのは規則正しい寝息だけ。


ふと視線をずらすと、腕の包帯に目が入った。
……あれって、何なんだろう。遠山くんは毒手、って言ってたけど。毒手って何。忍足先輩に聞いたら、包帯の下は誰も知らないらしい。





「(…ってことは…あの包帯の下は弱味?)」






思いついて、鼓動が高鳴った。白石先輩の弱味!それを握ったら、もうからかわれなくていいんじゃ…!そっと近付いて中を見たら、すぐ逃げよう。うん、そうだ。そうしよう!


できるだけ静かに先輩に近付き、そっと腕に触れる。…あ、硬い?
白石先輩の寝顔を時々確認しながら、包帯を解いていく。し、心臓が痛くて死にそう。喉がごくりと鳴ったような気がして、恥ずかしかった。











「……気になる?」




え、


鼓膜に響いた声に、包帯を解く手が止まってしまう。
目を丸くして先輩の顔を見つめると、にやりと笑われた。





「俺としては、名前の腕の方が気になるんやけどなぁ」
「せ、先輩、起き…」
「どうしてそんな白いし細いんやろ、て」






せやから、ずっと気になってるわ。


白石先輩は意地悪い笑みでそう付け足し、そのまま、わたしの手を絡め取った。
慌てて逃げようとした瞬間、ちゅ、と小さなリップ音が聞こえて、ぎょっとする。





「っ……う、腕にそんなことしないでください!!」
「キスしただけで大げさやな、名前は」
「白石先輩がからかうから、誤解されるんです!」





泣きたくなるのを堪えて、掴まれた腕を無理矢理振り払う。



ああ、やっぱりこの人はよくわからない。寧ろわかりたくない。何でわたしだけ、こんな目にあってるんだろう。
もっと可愛くて、白石先輩のことが好きな子をからかえばいいのに!