疑問と真実








「名字さん」






教室を出ようとした瞬間、声をかけられる。スポーツバッグを持ちかけた手を離して振り向くと、そこにはクラスメイトの藤枝くんがいた。
席が、財前くんの前にわたしの隣だった藤枝くんは、きらきらといった効果音が似合いそうな笑顔を向けている。どうしたんだろう。





「藤枝くん…どしたの?」
「今大丈夫やったら、話したいことあるんやけど」
「え?あ、うん。平気平気」





へらりと笑ってそう返答すると、藤枝くんはほっとしたような顔をして教卓の近くに歩いていった。
教室のドアに寄りかかりながらそれを眺め、ちらりと時計を見る。


部活が始まるのがあと30分後だから…少なくとも15分前にはついて、用意しておきたいなぁ。コート整備と、ガット切れしてるやつ処理したいし。







「名字さんって今日の昼、どこ居ったん?」






考えごとに夢中になっているわたしをよそに、藤枝くんはそう問いかけてきた。今日の昼?えーっと、どこにいたっけ…。





「あー…昼休みは職員室にいたよ。次の時間に使うプリント運んでって言われたから」
「そうだったんや。でな、そん時…名字さんに用ある言うて、先輩来てん」
「先輩?」
「うん。ほら、あの……テニス部の」







テニス部?あぁ、小春先輩かな。数学の過去問貸してもらおうと思ってたんだった。
思い出してなんとなく頷くと、藤枝くんは言いにくそうに生返事をして、押し黙る。


……まさか…藤枝くんは小動物系のイケメンだから、小春先輩になにかされたんじゃ…!(可愛い子がタイプらしいし…)
さあ、と背中が冷えていく感覚がして、わたしも黙ってしまう。わたしから謝っておいた方がいいんだろうか。





「…その……」
「ふ、藤枝くん…」
「名字さんて、先輩と付き合っとるん?」






は?


謝ろうとした口のまま思わず眉を顰めると、藤枝くんは「あ!気に障ったら堪忍な!」と付け足して慌てだした。なに、どういうこと?小春先輩と付き合ってるかって?……そんなことしたら一氏先輩に殺される。真面目に。






「いや、付き合ってないよ。わたし付き合ってる人いないから」
「そうか!名字さんとラブラブやーとか言うてたから、付き合ってんのかと」
「小春先輩、そんなこと言ってたの…?」






そういうこと言うと一氏先輩が怒るから嫌なのに…!治まったと思った冷や汗がどっと流れる。や、やばい。今日の部活行きたくない。お腹痛いって言って休もうかな…いやいや仕事残ってるし…でも…、うわー、どうしよう。


スポーツバッグの持ち手を手持ち無沙汰にいじりながら現実逃避をしていれば、藤枝くんは不思議そうに首を傾げた。






「…テニス部の部長って、白石、とか言う名前やろ?」
「ん?うん、そうだよ」
「その先輩やで。今日の昼に来たの」
「……えっ!?」




名字さんは居らん言うたら残念そうに帰ってったから、なんの用だったんかはわからんけど。
と言って、藤枝くんは教卓から離れる。






「それだけ聞きたかったんや。じゃ、部活頑張ってな」
「…うん…」






藤枝くんは、呆然と立ち尽くすわたしを横目に、笑いながら帰っていった。



し、白石先輩…!!そうやってふざけて教室に来られると、周りの目がものすごく痛いからやめてほしい。と言うかラブラブってなんだ、ラブラブって!ああでも、藤枝くんに誤解されなくてよかった。…それより、今日は絶対部活行かなきゃ。白石先輩に文句言わないと…!