思考停止











「名前、お疲れ様」
「…な…、何でいるんですか」
「女の子が一人で帰るのは危ないと思うで」
「夏だから平気ですよ」
「関係あらへん。さ、一緒に帰ろか」








へらりと笑って、ナチュラルにわたしの手をとろうとする白石先輩から距離をとる。ほんとに何でいるんだこの人。こわい。
マネージャーの仕事も終わり、帰ろうと向かった校門の前には先輩がいた。下校する人の数は、ちょうど部活終わりでピークを迎えている。イコール、学校一モテるといっても過言ではない白石先輩をじろじろと見ている方々が大勢いるというわけ、ですね。








「ほら、他にも女の子いますから」
「名前を守るのが俺の役目や」
「…そんな役目知りません」






鞄でガードするように先輩との距離をとっていき、一瞬のスキをついてだっと駆け出す。「えっ」と呟く白石先輩の声が聞こえて、後ろの方がざわついたのがわかった。もう、ほんとに目立ちたくないんですって。強引な先輩の手には乗らない、流されない!








***











「はぁっ……疲れた…」









全力疾走なんて久しぶりにした。家の近くのコンビニまで来れば、大丈夫…だと信じたい。垂れ落ちる額の汗を拭いながら、壁に手をついて俯く。…それにしても、暑い。夏の夕方に走った自分が悪いけど。そう思いながら呼吸を整えて前を見ると、ぎょっとした顔の財前くんがいた。(あ、珍しい表情してる)




思わず眉を寄せれば、おんなじように眉を顰められてしまった。








「…すいません」
「は?なに謝ってんねん」
「み、見苦しい姿だから…」






呟くようにそう言えばじろりと上から下まで見つめられ、少しの間の後、そうやな、と返された。自分で言ったことだけど、若干凹む。溜息をつくと財前くんは携帯を取り出して、わたしに向ける。…え、なんですか?それに対して疑問を声に出すより前に、ピロリンと可愛い音がした。


…ピロリン?着信音、じゃないよね。この音、聞いたことある。写真を撮るときの……、












「……財前くん、撮ったよね?」
「ん。これ部長に送ろ」
「いやいやいや、なんで!」
「あの人、お前のデータフォルダ持っとるから」





はい?




何も把握できずにぽかんと口を開けると、思いっきり吹き出された。


わ、笑いごとじゃないよ。第一……データフォルダ?なに、それ。もう怖いを通り越して笑えてくる。あの先輩ほんとに危ない。やばい。お兄ちゃんの友達の忍足先輩よりやばい。……あれ、そう言えばこっちのテニス部にも忍足先輩っているなぁ……珍しい名字だからあんまりいないのかと思ってたけど、関西だとそんなこともないんだろうか。(あの人も関西弁だったし)










「名字」
「へっ?あ、うん」
「…なんや頭どっかにいったかと思ったわ」
「ご…ごめん。なんか混乱してる」
「ま、そりゃそうやろ……送信完了っと」






俺やったらとっくに通報しとるわ、と財前くんは付け加えて、携帯を閉じた。








「い、いま、送った!?」
「善哉奢ってもらえるしな。ゴチソーサマ」







意地悪く笑うと、財前くんはひらひらと手を振って帰っていく。ちょっと、え、ええええ…?写真とかデータフォルダとか善哉とか……ああ、もう考えるのやめよう。不毛な気がする。








 




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