白石くんの誕生日は祝わないと決めた次の日。
祝うのをやめれば、プレゼントや告白について悩まないかと思っていたものの、
頭の中で考えるのは白石くんのことばかりで。
昨日の教室で見たあの気まずそうな顔を思い出すと、やっぱり祝おうかという気持ちになってしまう。
でも、本人の前で祝わないと宣言してしまったのにプレゼントを買っても…。土壇場で渡せなくなっちゃいそう、だし。
これだから、小春ちゃんにまで「名前ちゃんは意地っ張りね〜」と言われるんだろうなぁ。
ちらりと白石くんがいる方に目をやれば、謙也となにか話していたらしく、はは、なんて軽く笑っている。(そんなところもかっこいい)
心臓が、きゅんと音をたてるような感覚。それがとても悔しくて、次の授業の用意を整えて立ち上がった。
…あ。
教室から出ようとした瞬間、白石くんと目が合う。
「(やっちゃったやっちゃった…!!ああもう、何で…)」
あの綺麗な瞳と目が合って、思わず目線をそらしてしまった。
そのままノートで顔を隠し、さっさと教室から出る。一緒に歩いていた友達がきょとんと目を丸くしていた。
変に思ったかなぁ。ていうか、嫌われたかも。いや…元々何も思われてない、か。
たぶん知らないんだろうな。わたしが、こんなに白石くんのことを好きなのを。
自分でそう考えたのに、すこし泣きたくなる。
頭を抱えて、誰にも気付かれないように小さく溜息を零した。
昨日は謙也に溜息を聞かれて散々なことになっちゃったし。
そんな移動教室の途中、友達と歩きながらはたと思い出した。
次…化学、だっけ。どうしよう、たしか白石くんと謙也と同じグループだったはず。
急にお腹が痛くなったりしないだろうか。今のうちに保健室に行かないと授業に出なきゃいけなくなっちゃう…!
「名前、どうしたん?」
「うーん……なんでもない」
友達から首を傾げられて、慌ててそう答える。
しょうがない、ちゃんと授業には出ることにしよう。
化学は苦手科目だし、一回でも授業を聞き逃すとわからなくなってしまう可能性が高い。
なるべく白石くんとは話さないようにして…でも謙也と話したらついつい話しちゃうかも。
二人とは話さない。うん、がんばろう!
「整理するで。この和がー…」
先生の話が右から左へ抜けていく。ぜ、ぜんぜんわかんない…!!
いつのまにこんなに理解できなくなっちゃったんだろう。
ワークを見ながら、じっと問題の文章を眺める。(ど、どうしよう…)
こんなときに限って、同じグループの友達は風邪で休んでいる。
だからと言って謙也に教えてもらうのは屈辱的だし…白石くんに聞くのなんか、絶対むり。
恥ずかしいやら気まずいやらで、結局問題の答えが頭に入っていかないのがオチだ。
シャーペンをきゅっと握る。とりあえず、解かなきゃ。
「名前、まだ書いてへんやん」
「けけけ謙也…!」
「あ!白石に教えてもらったらどや?なぁ白石、化学得意やろ」
「教えるのは構わんで。名前、どこがわからん?」
白石くんがにこ、と微笑んでわたしの問題用紙に視線を落とす。
その瞬間、息がつまって、何も言えなくなってしまった。
なにか、なにか言わないと。白石くんは不思議そうに首を傾げている。
「だ、大丈夫、だから」
「名前…、」
「教えてくれなくていい」
また、やってしまった。
慌てて俯く。顔が熱くてしょうがない。
昨日から、なんでこうなってしまうんだろう。ただ白石くんを祝いたかっただけなのに。
謙也が「え!!」と叫び、白石くんが苦笑いしてなにか言ったけれど、
もうわたしの耳には聞こえていなかった。
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