ふわふわですねー。ごろごろ言ってる!
飼い猫の一挙一動に騒ぎながら、名前はにこにこと笑っている。動物は基本的に何でも好きらしい。瞳を輝かせながらその頭を撫でては、たまらん!といった様子で口元を緩ませていた。 普段そんなに笑わないぶん、表情の変化は見ていて愛らしい。愛らしい…んやけど……。
「……名前、そろそろ上行こか?」 「あ、もうちょっと触りたいです」 「クーちゃんだけ先行けば?ウチ、名前ちゃんと話したりへん!」
まさか飼い猫に嫉妬したわけではない。そんな心の狭い男とちゃう。 が、夕食を食べ終えてからかれこれ一時間、彼女はリビングに敷かれたカーペットの上に座りっぱなしだ。母の暖かい目線、姉のからかい、これ見よがしに名前と仲良くする妹。父が仕事場から帰って来ていないからまだいいが、そろそろ耐え切れないのも事実。
そんな俺の気持ちは露知らず、猫を膝に乗せたまま名前はそう呟いて、友香里が続けた言葉にうんうんと頷いた。なんで一人寂しく先に行かなあかんねん。つーか友香里は充分話したやろ。あとその呼び方やめなさい。
「なあ名前ちゃん、デザート食べへん?」 「あ、そうやそうや。桃冷やしててん、桃平気?」 「はい!頂きます、ありがとうございます」
姉が提案したデザート、という単語に母が冷蔵庫を開けながら乗っかった。名前は嬉しそうに頬を緩ませて、桃だって、と猫に向けて話しかけた。通じてへんと思うで。つーか、俺のことは無視か。
***
「あれ、暑くないですね」 「え?どしたん、急に」 「いや…友香里ちゃんが、カブトムシのために部屋に暖房いれてる、って言ってたので」
――…結局、名前を俺の部屋に迎え入れることができたのは、それからまた一時間が経ったころだった。 ぐるりと部屋を見回しながら名前はそう呟く。徹底的に掃除して、雑誌や本もきちんと並べ、完璧な状態にしておいたのに、彼女の第一声は部屋の温度について。 しかも妹のことをいつのまにか名前で呼んでいる。俺のことは名字なのに。
ゆっくりと自室に足を踏み入れて、俺がテーブルの近くに腰をおろすと、名前も同じく少し離れた場所に座った。 カブトムシさんは、と首を傾げながら問われたので本棚の隣を指差す。彼女はじっとカブリエルが入ったケースを見つめて、それから「かわいいですね」と呟いた。…いや、カブトムシさん、とか言う名前が可愛え。
「女の子って虫苦手ちゃうん?」 「それは偏見ですよ。わたしも好きってわけじゃないですけど…まあ、見るぶんには」 「あ、触るのはあかんのか」 「うーん…蝶々とかならまだ……それよりも、暖房入れなくて平気ですか?」
室温計を一瞥して、平気やで、と頷く。第一、暖房は秋頃につけているだけで、友香里が大げさすぎるんや。 名前は未だカブリエルを眺めながら、体育座りをした。手持ち無沙汰そうだったのでクッションを手渡すと、おとなしく受け取って膝に抱える。……あー、名前の匂い、つかんかな。短時間やったら無理か。
…可愛えな。長い睫毛がぱちぱちと揺れているのを見て、ふとそう思った。桃を食べて潤った唇が、眼に毒や。いや、彼氏なんやから手ぇ出しても…いやいや…さすがにみんな居る家でっちゅうのは……。 柔らかなクッションに頬を乗せて、カブリエルから本棚に視線を移した名前はひとつ欠伸をした。
「――眠い?」 「すみません。昨日寝るの遅くなっちゃって…」 「謝らんでもええけど…名前も夜更かしするんやな」 「今度、合宿あるじゃないですか。それのしおりを作ってて」
クッションをもふもふと両手で圧し、彼女は「B5サイズにしようと思ってるんですけど」と付け加える。そう言えばオサムちゃんから何や頼まれてたな。 偉いなぁ、と柔らかな髪の毛を撫でると、心地よさそうに瞳を瞑った。照れて避けると思ったんやけど…よっぽど眠いんやろか。
「寝てもええで」 「あー…えと、大丈夫、です」 「はは、うとうとしとる。無理せんで寝とき、お風呂のときは起こしたるから」 「……じゃあ、お言葉に甘えて」
すこし悩んだ様子を見せたものの、撫でる手を止めないでいると、名前はちいさく頭を下げた。 クッションを持ちながら、ベッドを背もたれにして寝ている。このままじゃ背中が痛くなるだろうと、後頭部と膝裏に手をやってベッドまで持ち上げた。いわゆる、お姫様抱っこの体勢に彼女はゆるく瞳を開いたが、「恥ずかしいことしないでください…」と呟いただけで、また眠り始めた。
「……、」
ベッドの端に座って、眠っている彼女の姿を見つめる。長い睫毛は瞳が閉じたことでもっと強調されている。白い首筋や胸元が呼吸を繰り返すたびに動くのから、目が離せなかった。…しゃあない、俺も男や。
「……名前」
呼びかけると、すこし眉が寄る。んん、と彼女が自分側に寝返りをうった。
堅苦しい制服ではなく部屋着の方がいいと主張する姉に借りた、緩いワンピース。膝の辺りが少し透ける素材で作られているらしい。すらりと伸びた健康的な脚に静かに喉を鳴らして、それから首を振った。いや何見てんねん俺。あかんやろ。…やっぱ起きてくれんかな、調子狂う。いつもならこんなんで顔熱くなったりとかせぇへんのに。
髪が唇にかかっているのを手でよけてやると、名前は俺の指先を掴んだ。いや、掴んだというのは思い違いかもしれない。触れている、という表現が正しい。
「せんぱい…」 「っ…、んー?どないした?」
吐息の混じった声色に、どきりとした。えっろい。つーかもう、手ぇ出してええ気がする。据え膳食わぬは男の恥っちゅうか……ここでしなくていつするん?今でしょ、っつう…あ、今のは謙也あたりが頭どついてきそうやな。じゃなくて。
いただきます、してもええよな?名前。
「名前……、」 「ん…」
彼女の手を撫でていた指先を、唇に移動させる。やわらかな感触に背筋が震えた。ずーっと触ってたくなるんは何でやろうな。 ぷに、と悪戯するように圧してから、上唇と下唇の間を親指の腹で撫でてみる。息が指にかかった。静かに顔を近付けて、口付けようとしたそのとき――。
「……。………、待って。なんやボス戦みたいな音楽が聞こえるんやけど…」 「!! おにいちゃん!」 「うわっ!危な……お兄ちゃん?」
急に起き上がった名前と危うく額同士がぶつかりそうになったのを何とか避けて、彼女の口から発せられた言葉に首を傾げる。 お兄ちゃん…って名前のお兄さんのことやろか。と言うか、さっきから流れてるこの曲なんやねん…。キスする直前に鳴ってほしくなかったわ。
ベッドから離れると、名前は自分の鞄を探り出して、慌てた様子で携帯を取り出した。その瞬間、曲の音が大きくなる。あーわかった、これ謙也がやってたゲームのBGMや。
「ごめんなさい、ちょっと出ますね。……もしもし?お兄ちゃん?どうしたの、急に」
やっぱりお兄さんか。兄の着信をボス戦のテーマにするってなかなか勇気あるな。……あー、それにしても、なんや邪魔された気がする。 名前は俺にぺこりと頭を下げながら断りを入れて通話ボタンを押すと、少しびくついた声で言葉を発した。そのうち、うんうんと頷いたり驚いたりする名前の背中を見つめて、はあと溜息をつく。
それにしてもお兄さん、シスコンなんかな。いや、俺も友香里に彼氏がいたらと思うと…同じようなもんか。まーでも、一応ご挨拶も含めて牽制しとこかな。
「名前」 「へっ?…すみません、白石先輩、しずかに……いやあのお兄ちゃん、今のは、」 「――お風呂いつ入る?もう準備できたみたいやけど」
にっこりと笑みを浮かべて、背後から抱き寄せる。名前がごとりと携帯を落とすのと同時に、電話口から、『……おい、名前』と低い男の声が聞こえた。すまんなぁお兄さん、俺、案外大人げないんや。
「せっ、先輩のバカ!あああ絶対お兄ちゃんに怒られる…、ひゃ、んっ、…耳元で喋るの止めてください!」 「…あー。この感じやこの感じ」 「どの感じですか…!!」
お邪魔ミュージック
▽(りんごさまへ) 変態シリーズで白石の話、と言うリクエストでした!どうせなら他のリクエスト小説と繋げてみようと思い立ちまして、「彼らのレンアイ」より過去のお話です。 電話中は空気を読んで黙っていそうな白石が、何故主人公に話しかけたのか…と言うところをポイントに書き上げました。 変態シリーズの白石はムラムラしたらわりと手を出しちゃう白石(どんな)なんですが、あえて我慢させよう!と。 寝てる子には手出しできない純情なところがあったら可愛いと思います、なんて。 少しでも楽しんでいただければ幸いです、リクエストありがとうございました!
131022
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