2万hit企画 | ナノ






「白石」
「ん?」
「不変について考えよう」
「……ん?」


白石はパチンと音をたてて親指の爪を切ると、俯いていた顔を上げた。手の下に敷いた広告が、牛乳の安売りを知らせている。
名前は彼の長い前髪を指先で梳いて、自分の声が聞こえていないと思ったのか、冒頭の言葉を繰り返した。


「…不変?」
「そう」
「変わらないもの?」
「さがーしてー、いたぁ。じゃなくて」


歌いはじめる名前に白石はくすくすと笑みを零して、爪切りを持ち、その場に座り直す。
きれいな形をした彼女の瞳。表情には少しもふざけた様子がなく、戸惑いを隠せない自分の顔が写っていた。
すぐにでもキスができる距離だと気付いて、鼓動が早まるのがわかる。甘い雰囲気は全くないというのに、視線を交わすだけで唇を交わしたくなってしまうのは、習慣のせいだ。


「どんな話をしたいのか、わからへんのやけど」
「…例えば、白石はさ」
「うん」


指通りの良い髪の毛に細い指が絡む。白石はそれを心地好いと思いながら、話の続きを密かに期待した。
普段話さないようなことを、話題にするのが好きだ。
と言うよりも――彼女が口にする言葉の選び方や、静かな声、響きが好きなのだろう。名前がその瞳でなにを見たのか、どう思ったのか、聞かせてほしい。なにかわからないことがあったら、少しでも疑問に思ったら、自分に聞いてほしい。


「わたしが心変わりして、だれかに浮気したらどうする?」
「…それは…予定があるん?」
「ないけど。気持ちが変わるかもしれないから」
「………」
「あっ、拗ねたー。ちがうちがう、浮気したいんじゃなくて」


そういう可能性が絶対に無いって言えないでしょ、わたしも白石も。

名前はそう付け足して、じいっと白石の瞳を見つめた。駆け引きをしたいわけでも、試しているつもりでもない。それは彼もよくわかっていたが、不変のものだと信じている気持ちを呆気なく否定されるのは、寂しいものだ。

彼女は、答えがないことに溜息をつくと、彼のてのひらの中で手持ち無沙汰になっていた爪切りを手に取る。
そうして、柔らかな指先で白石の手を包み込んだ。ぱちん、ぱちん、と丁寧な音が響く。


「白石の爪はきれいだねー。いいなあ」
「名前も負けてへんと思うで」
「でも、ほら。元々の形がいいもん」
「うーん……そんな変わらんのちゃう?」
「小指の爪とか全然違うよ…もー、手タレみたい」



羨ましそうに爪を撫で、「それで?」と名前は呟いた。それで。ああ、浮気したらどうするって話やったっけ。


――名前の言うことは正しい。永遠に変わらないものは存在せず、変わっていないように見えるものも、何かしら変わっているのだろう。それが、悪いことだけではないと彼は思う。

最初は、見つめていたい、なんて純粋な想いではじまった恋。次は近付きたい、隣にいたい。
触れたい、一緒にいたい、自分だけのものにしたい。誰の目にも触れさせたくない、誰のことも見ないでほしい。どんどんわがままに、貪欲になっていく。

白石はそれがわかっているからこそ、彼女にそんなことを云わせたくはなかった。仮定としてでも、浮気だとか、心変わりだとかいう、マイナスの言葉を聞きたくはなかったのだ。
とは言っても、きっと名前にとって大した意味のない質問なのだろう。気になったから聞いただけ。
ただ、今回ばかりは彼も、すこし意地悪をしたくなった。




「――せやなぁ、名前は?」
「え?……白石が浮気したらってこと?」


爪を切る動きが止まった。途中まで切られたそれは、どうにか薬指についたまま形を保っている。
彼の指を掴んでいた手が離れ、えーと、と名前は声をあげた。
恋人が浮気をしたら。考えたくもない疑問。白石がわたしじゃない誰かと?名前の頭の中でぐるぐると言葉が回る。
彼女は眉を顰めてからはっとして、なんて酷な問いをしたのだろう、と自らを責めた。


「えっと、その……すみませんでした」
「俺のつらーい気持ちが伝わったやろ」
「うん…」
「はは」


しゅんとして俯いてしまう名前に、白石は苦笑いを隠せなかった。どうやら、彼女の想像は随分ムゴいものだったらしい。心配しなくとも、浮気なんてしないと言うのに。まあ、そう告げたらまた不変がどうのこうの、と言われるだろうからあえて口にはしない。

名前の持っていた爪切りを、そっと掴み、切りかけだった薬指の爪をぱちんと切る。
褒めてくれた小指の爪は、やすりで軽く削って整えるだけにしておく。それが終わると、白石は広告を丁寧に折り畳み、そのままゴミ箱に入れた。
一連の動作を眺めていた名前は、彼と視線が合うと、気まずそうに目を泳がせた。どうやら意地悪をしすぎたらしい。




「なあ、いつか変わろか」
「…どういう意味?浮気だったらやだよ、わたしが言い出してなんだけど、」
「――恋人から夫婦に」



一瞬で真っ赤になり、「ひゃああ」と騒ぎ出す彼女を見つめて、白石は笑う。
切り揃えた爪が飾る指先で、その頬を撫でてあげようか。


かわるなかわれ


▽(蒼さまへ)
白石で、切なく甘いというリクエストでした!書き終わってよく考えたら切なくはないんじゃないかとちょっと心配になってます…。
「切甘」という傾向をいただいて、爪切りをする白石と、それを見ている女の子が思い浮かんだのでこのような話にしてみました。
女の子の問いかけについて真摯に考えつつ、すこし意地悪をしたりする、このサイトらしい白石になったと思います。リクエストありがとうございました!


120527



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