「あ、名前。ちらし寿司作れへん?」 「ちらし寿司…?」
3月3日は雛祭り。イベントが大好きなここ、四天宝寺のテニス部がのっからないはずがなく。 オサムちゃんが言った言葉を聞き返すと、目の前のやる気が無さそうな顧問はへらりと笑った。
「おん。雛祭りやし、今日は無理でも週末に皆で食べよう思てな。 金ちゃんがめっちゃ食べるから、具材は大量に買ってきー。職員室の冷蔵庫使うわ」 「わかりましたけど…買い出しってわたし一人ですか?」 「や、誰か連れてってええで」
ですよね、と安堵の息をついて、誰にしようかと考える。 頼みやすいのは白石くんか謙也…?でも二人とも今日の放課後は委員会で忙しかったはず。 小春ちゃんはユウジくんがうるさそう。小石川くんや銀さんは目立つなぁ…。千歳はふらふらどっか行っちゃうはず。 金ちゃんは、…だめ、絶対だめ!買う予定のないものまで買っちゃいそう!(可愛いんだもん、金ちゃん)
そうなると、必然的に財前くん?…でもあんまり話したことないんだよ、ね。謙也に対してすっごい毒舌だし、雰囲気がこわくて。 でも一人じゃ荷物は運んでこれないだろうなぁ…頼むだけ頼んでみよう…!
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「週末にちらし寿司つくるから、今日の放課後に買い出しついてきてくれない…かな?」 「……ちらし寿司?」 「うん。オサムちゃんが言ってて」 「はあ…あの人、ほんま行事好きっすね」
面倒そうに頭をかく財前くんの眉は思いっきり寄せられていた。これ、無理だろうな…。 しょうがない、千歳にでも頼もう。腕でも掴んでおけば、たぶん、大丈夫。 先の苦労が目に浮かんで、小さく溜息をつく。 財前くんは考えるように少し俯いて、それから顔をあげた。
「しゃあないっすわ…買い出し、手伝います」 「えっ!」 「……手伝わなくてええんすね」 「いや、まさか手伝ってくれるとは……」
あからさまに溜息をつかれる。(き、傷つく…!!) 今日の放課後っすよね?と問われてこくりと頷けば、ひらりと手をあげてすぐに教室に入って行ってしまった。 財前くんが面倒なことに協力してくれるなんて思わなかった。嫌です、とか、面倒なんで無理っすね、とか言われるかと。 まあいいや!これで気兼ねなく買い出しにいける。お金もオサムちゃんが出してくれるらしいし。(パチンコで勝ったのかなあ…)
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「たけのこ、レンコン、しいたけ、海苔…」
カゴいっぱいの具材を見ながら呟く。すでに相当の重さだけど、まだまだ買うものがあるのが沢山ある。
「錦糸玉子と絹サヤも、彩りええんちゃいます?」 「そだね。財前くんは桜でんぶといくら、どっちがいい?」 「桜でんぶって変な味せぇへん?」 「あー、科学的な甘さがねー…じゃあいくらにしよう!オサムちゃんのお金だし!」
いくらを手に取りながらそう言うと、隣にいた財前くんがくすくすと笑った気がした。 驚いて振り向けば、何すか、と訝しげにこちらを見つめながら呟く財前くん。…気のせい? 耳元で声が聞こえるくらいの距離に気付いて、どきどきしてしまう。テニス部って無駄にイケメン揃いだよね。 …あ、気付かなかったけどさっきタメ口使われ、た…?!もしかしてそれに笑ってたのかな。 唇を尖らせていると、ひょいと右腕の負担がなくなった。
「俺が持つんで、名前先輩は具材選んどいてください」 「わ、悪いよ」 「大丈夫です。ほら、次何買うんすか?」
軽々とカゴを持つ財前くんを見て、やっぱり男の子なんだ、と感心する。 お言葉に甘えて次の具材を探し、どんどんとカゴの中がいっぱいになっていった。
「そっち持とうか?」
夕暮れが始まっている帰り道。大きなスーパーの袋を二つ持った財前くんに声をかければ、じろりと睨まれてしまった。 わたしが持っているのは、ついでにと買ったひなあられと、可愛くて買ってしまったいちごのロールケーキが入っている袋。 重量の度合いが違いすぎて、申し訳無い。
「せやから、大丈夫ですって」 「う……だって、重そうだし…」 「名前先輩こそさっきからふらふらしすぎっすわ」 「あ、重いんじゃないよ!露店がいっぱいあるなぁと思って」
路傍にちらほらと露店が出ていて、思わず惹かれてしまう。雛祭りだからかな? と言ってもお祭みたいなのじゃなくて、小さなアクセサリーを売ってる露店が多い。
「見てきます?」 「いいよー、荷物重いし」 「……俺が見てきたいんで」
意外、と言おうとして口を噤む。 余計なことを言って財前くんの機嫌を損ねたら大変…それに正直、わたしも見ていきたいし。
「かわいいね」
雛祭りにちなんでいるのか、桃色や赤色のアクセサリーが多かった。 綺麗な桃色の石がついたピンキーリングを見つめてそう言うと、そっすね、と返される。(すっごい興味なさそう…) 300円かー…。可愛いし買っちゃおう、かな。
「…これ、ください」 「えっ財前くん買うの?」 「アカン?」 「い、いいとおもう…」
またタメ口使われた…!きっぱりとした物言いには、そう返すしかない。 財前くんは黒の財布からお金を出して、小さな袋に入ったピンキーリングを受け取り、制服のズボンに入れた。 そしてスーパーの袋を持つと、すたすたと歩き出してしまう。慌ててその後を追い、隣に並んだ。
「さっき買ったの、お母さんにあげるの?」 「いや、ちゃいます」 「お姉さんか妹さん?」 「妹は居らへん。姉はいるけど、義理やし。あげんでもええ」 「もしかして彼女さんとか…」 「居ないっすわ」
…地雷踏んだ気が、する。それきり黙ってしまう財前くんが怖い。
何も言えずに歩いていると、すぐに校門についてしまった。 そのまま職員室まで行き、オサムちゃんに買ってきたものを渡して、教室に鞄を取りに向かう。
「名前先輩」 「わ、財前くん!帰ってなかったの?」 「…待ってたんで」
だ、誰をだろう…!聞きたくなる気持ちを抑えて、そうなんだ、と返す。 財前くんは深く溜息をつき、ズボンのポケットから袋を取り出した。(あれ、さっきの?)
「どうぞ」 「……、わたしに?」 「名前先輩は、誰か他ん奴が見えてるんすか?」 「見えてない、けど!えっ、何で?」 「雛祭りに便乗した、でええですか?」
混乱したままのわたしに、がさがさとピンキーリングを取り出す財前くん。
「右手と左手、どっちにつけるん」 「ど、どっちかに意味とかあるの…?」 「右手は表現力豊かになって、自己アピールとか…厄除けっすね。 左手は願いごとを叶えたいときにつけるとええらしいですよ」 「じゃあ…、ひだりて」
はい、と小さく返事して、財前くんはわたしの左手を取る。 その手の冷たさに、どきりと心臓が高鳴った。冷たかったからだよね、うん。 桃色の石が蛍光灯に反射して煌めく。すごい、かわいい…! 思わず見惚れていると、財前君がわたしの小指にピンキーリングをはめようとして、止まった。
「なにか叶えたい願いごと、あるんすか」 「…素敵なひとと出会えればなぁ、とおもって」
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「なんで…!!ひだりって言ったのに!」 「先輩はもっと自己アピールして自分磨いてください」 「財前くんひどい!…でもこれ、ありがとね。うれしい!」 「…どーいたしまして。 (名前先輩可愛いんやから厄除けしとかんと、)」
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