「( …アンドーナツ、作ろ )」



そう思いついて、家路につく道を引き返した。部活帰りの疲れた体が、甘いものを欲してたのかもしれん。確かアンドーナツは、名前も好きやったと思う。と言うか名前は、甘いものなら何でも食べるから大丈夫やろ。はよ、喜ぶ顔が見たいわ。そのためには、材料を買ってこんとあかんな。

暗闇にぼうと光る街灯に、蛾が集まっとった。しんと静かな道を歩いていると、虫の声が聞こえてくる。りんりんと言う音と共に、蛙がゲコ、と鳴いて……、何ちゅうか、ちぐはぐでアンバランス。財前やったら、「センス無いっすね」とでも笑い飛ばすだろう。そう思うと、ふ、と笑いがこみ上げた。


電子的な光が零れるコンビニに入ると、軽快な音がした。そのまま調味料売り場に向かう。
…餡子。できれば粒あんやな。コンビニでも売っとるやろか?あと、強力粉も残り少なかったはずや。頭の中で必要な材料と、家にあるものを思い返す。



(お、あったあった)

カゴを取るほどでもない材料を、バランス良く右手で持ってレジに向かう。ずっしりとした餡子がわりと重い。せやけど、普段から鍛えとるから余裕や。持っていく途中に、ちらりと見た棚の上にアンドーナツが乗っていた。…買った方が早いんやけど、やっぱ作った方がええ。

どさりとカウンターに品物を置くと、店員はそれを一瞥してからレジスターを弄り始める。



「〜が一点、〜が…」


無表情でぼそぼそと品名を言う店員の声を聞きつつ、ジーンズのポケットから財布を取り出した。小銭を出すのが面倒で、千円札を出す。それを力の無さそうな指で手にとると、店員は「お預かりします」と呟いた。
なんや、大阪の店員にしては元気ないな。
まあちゃんと営業してくれとるから、どんな態度でもありがたいんやけど。


自動ドアが開いて外に出てみれば、深夜独特のむっとした空気が肌に纏わりついた。
暑いと思うほどではないけど、それでもやはり湿っ気が気持ち悪い。

さっさと帰ろ。歩みが早なった。






「ただいま」



名前はとっくに寝とるやろ、と思いながらも挨拶する習慣。誰に言うでもなくそう言ってから、暗闇の中で上着を椅子にかけ、台所の電気をつけた。リビングに行くんは面倒やし、どうせ台所で作るからええわ。
ぱち、ぱち、と小さな音がして視界がゆっくりと明るくなる。それに目が慣れてから、買ってきたものをテーブルに置いて手を洗った。

くたくたになって疲れとった身体に冷たい水は心地良かった。








生地を作り終わった。あとは発酵させて揚げるだけ。完璧や。



「はあ、」

疲労の息を漏らしたそのとき。リビングで妙な物音がした。…まさか泥棒?いや、強盗?それやったら…名前が危ない。嫌な予感が頭を巡って、戸棚からそっと果物ナイフを取り出す。いや、刺すつもりはあらへんけど。護身用。

リビングの電気のスイッチを探し当て、つけると、

目に映ったのは机に突っ伏して寝ている名前の姿だった。





「…、名前…何でここで寝とるん…」



心配して損した。溜息をつく。幸せそうな顔でむにゃむにゃと呟いている名前を、粉だらけの手ではたいてやろか、と思った。そうは思いつつも安堵感が隠せないのか、その名前の顔を見て、どうしても頬がゆるんでしまう。

彼女が可愛い寝顔しとる言うのに、ムード無いな。

腰に巻いたエプロンでぐい、と手を拭いてから名前の首と膝の裏に手をいれて、持ち上げる。…ん、なんや、軽なってないか?最近ダイエットしとる言うてたな。今でも、充分細いのに。


そのまま階段を上がっていき、行儀悪く足で戸を軽く蹴り開ける。(誰も見てへんしええやろ)
ベッドの上に優しく名前をのせると、まだ肌寒いその部屋の気温に合わせて、薄い毛布をかけた。なんとなく癒されたくて、寝顔をそのまま観察する。

前に「アンドーナツと俺、どっちが好きや?」って聞いたことあったな。すごい迷った挙句「同じくらい好き」って真顔で言われて正直ヘコんだわ。そんなことを考えながら寝顔を見ていたら、意地らしいんだか可愛いんだかで、気が散ってしまった。

……あかん。名前、ほんま可愛い。
作る気がなくならんうちに、アンドーナツ揚げにいこう。







「これで良し、と」


こんがりと丁度いい狐色に揚げ終わったのから、順々に油をきっていく。全て揚げ終わると、案外大量にできあがった。…降参するまで食べてもらわな。ま、余ったら金ちゃんにあげればええか。

油の温度でむっとした台所の空気をかえようと、カーテンを開ける。窓から見える空には、どこぞの有名な画家が好んで描きそうなくらい綺麗な、碇星が見えた。




せや。もう一回名前の寝顔観察しにいこか。








(イメージ曲:倉/橋ヨ/え/コ/「ア.ン/ドーナ.ツ」)

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