「…やっぱ嫌じゃ」
「はぁ?」
「じゃから、嫌」





はっきりとそう言いのければ、目の前でマフラーを巻こうとしていた名前の顔が思いきり歪んだ。あーあ、可愛い顔が台無しじゃな。

そう呟いて頭を撫でると、「やめて」と冷たく返されて、おまけに睨まれてしまった。
そりゃそうだろう。デートの約束をし、出かける直後になってこんなことを言い出されたら、怒るのも当たり前だ。
しかも、朝に弱い俺のためにわざわざ迎えに来てくれている。






「今更なに言ってるの…」
「だるくなった」
「…い、意味わかんない」
「、んー」





ぎらりと光る双眸はこれ以上ないほどに釣り上がっていて、流石にヤバイなと誤魔化すように口元を緩める。
が、それも彼女の神経を逆撫でしたのか、足を踏まれた。
フローリングと名前の足とで挟まれた俺の爪先。





「いたい」
「痛い、じゃないよ!誕生日祝いにどっか出かけようって言ったじゃん!」
「……めんど」



い、と唇の形をそれに変えれば、名前は俺の足に体重をかける。いたたたた。
距離をとって眉を寄せると、なにその顔、とでも言いたげな表情で見据えられた。









「……、雅治って…」




名前が呆れたように溜息をついて、玄関先からリビングへのソファへと移動した。ふかふかのそれに座り込んで、鞄の紐を弄っている。


俺と出かけるために着た服を、もう一度じっと見つめた。
冬だと言うのに、ニットワンピースの丈は短い。それもかなり際どいところまで見えているから、思わず眉を寄せてしまう。
そこから伸びる足は生足ではなくタイツを纏っているが、どうにも扇情的で。




吐き出したい欲を抑えようと唇を軽く噛んでから、同じようにソファへ移動し、名前の隣に座る。
怒ると言うより拗ねた顔を眺め、その長い睫毛に溜息を零した。

薄くほどこされた化粧。


彼女の私服姿と言うものがこんなに破壊力を持っているとは、思わなかったのだ。






「…っ」
「(あ、)」




名前の瞳から零れ落ちた涙を見て、心臓が音をたてる。
背中には嫌な汗をかいているし、さっき踏まれた爪先は地味に痛い。




「ま、雅治は、わたしと出かけるのが嫌なの?」
「…」
「わたし…雅治の誕生日、祝おうと…」





ぐす、と涙を堪えるように鼻を啜って、名前は俯く。その表情がどうしようもなく可愛くて、しょうがない。

例えば、赤也だったら慌てて取り繕う状況。それなのにかわいいと思ってしまうなんて、俺は歪んでいるのだろうか。


かわいい、かわいい。
素直に言えない言葉を胸の内で何度も繰り返して、その代わりに名前の頭をぎゅっと抱え込む。名前は戸惑ったように肩を震わせてから、「マスカラついちゃうよ」と小さく呟いた。




「そういう嫌、じゃなくて」
「なに…」
「…名前の、服がな」
「これ?」




ぱっと顔を上げて、名前がワンピースの丈をぎゅっと掴む。俺の顔を覗き込む潤んだ瞳は、不安そうに揺らいでいた。
首に回していた手を腰へ落とし、一気に抱き寄せ、向かい合うように名前を膝へと乗せる。普段なら恥ずかしがってすぐ逃げようとするのに、今日は違った。






「もしかして、似合わなかった…?」




名前がぽつりと漏らした言葉に、抱き締める力を強める。胸元にすり、と鼻先を寄せると、頭上から甘い声が聞こえた。
それに気を良くして、今度は首筋に唇を這わす。ちゅ、と軽く吸い付くと、名前は涙目で俺を見つめた。それだけでどくどくと心臓が高鳴り、理性が吹っ飛びそうになる。

何でこんなにいい匂いで、可愛くて、俺を惑わせるんじゃ、お前さんは。






「違う。…似合いすぎ」
「――なっ、」
「他の奴らに見られたくなか」
「…じゃあ、最初からそう言ってよ…」




耳まで真っ赤になって、俺の肩をどん、と叩く名前。
そんな様子につい笑ってしまうと、名前は桃色のグロスの乗った唇を尖らせた。よしよしと頭を撫でながら、その唇に今すぐ口付けたい衝動を抑える。





「…今日はお家デートじゃな」
「雅治がそうさせたんでしょ!」
「外は寒いし良かろ?」
「…それがほんとの理由じゃないよね」
「さーて、どうかの」





俺がニヤニヤと笑って言い放った言葉に、目を丸くしてから文句を言おうと膝の上で暴れる名前を、ぎゅっと抱き寄せた。
ニットのワンピースが頬を擽り、ぴったりとした身体のラインに口端を上げる。

やっぱり、外に出さなくて正解じゃ。





たんじゅん、ふじゅん







「…あ、プレゼント買ってない」
「ちゅーでええよ」
「何で上から目線なの…」
「じゃあキスしてくんしゃい」
「そ、そういうことじゃなくて!」





(1204 仁王さん誕生日おめでとう!)




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