「っくしゅん!」
横を向いてくしゃみをし、冷たくなった鼻を擦る。うう、さむい…。
昨日まではあんなに晴れてたのに、と昇降口から空を見上げた。曇り空は太陽を覆い隠していて、どことなく気分が滅入るような天気だ。溜息をつき、少し冷たくなった指先をこすり合わせる。
隣で同じように空を見ていた光は、くしゃみをするわたしを見て眉を顰めたあと、嫌そうに距離をとった。
「今、なんで離れたの」 「名前の風邪とか移されたないわ」 「ひど…」
心配してよ、と言いかけてやめる。光にそんなことできるわけない…!
ローファーの爪先をとんとんと鳴らして、歩き始める。弱いながらも風が吹いていて、肌寒い。腕を擦りながら、ずり落ちてきた鞄を背負いなおす。 すっかり秋になったなぁ。日が落ちるのも早くなってきた気がする。
冷たくなった頬を時々両手で挟みこんでいると、光に鼻で笑われた。む、むかつく!
「今日部活ないんだっけ?」 「あったら一緒に帰ってへんやろ」 「…あー!」 「お前ほんまアホやな…」
光と他愛ない話を交わしながら(ほとんど罵倒されてた気がする)、いつも寄っていくコンビニの近くまで来たところで、はたと気付く。
……わたし、朝にはちゃんと上着を着てきたはず。
鞄を肩から降ろし、その中をがさがさと探る。光は、わたしが立ち止まったことに気付いて面倒そうに振り向いた。 …ない。どこにも、ない。
「あああっ」 「うっさい」 「カーデ置きっぱだ!!」
光の辛辣な発言は無視して、学校での行動を思い返す。 そうだ、体育の前にロッカーに入れて…そのあとは教室にいたから全然寒くなくて…わー!何で忘れてきたんだ、わたしの馬鹿ー!
忘れたことに気付くと、急に寒く感じる気がする。探すのを諦めてチャックを閉め、少しでも風に当たらないように鞄を抱え込んだ。
あ、ちょっとあったかいかもしれない。
「今更気付くとか遅すぎやろ」 「うん……え?もしかして忘れたこと知ってたの?」
鞄を両手で持ちながら聞き返すと、光はどうでも良さげに頷いた。し、知ってたんなら言ってよ!
寒さで涙腺が緩んだせいか涙目になる。 コンビニまであとちょっとだけど、暖房効いてるかな。まだ秋の始めぐらいだし、冷房かも…。
「ふえっ…くしゅん!」
そう考えて溜息をついた拍子に、またくしゃみが出た。うわぁ、今の女の子っぽくないくしゃみだったなぁ…光に笑われそう。
鞄で鼻先を隠しながら恐る恐る光を見上げると、顔を思いきり顰めながら、学ランのボタンを外しているところだった。 …なんでこんな寒いのに上着脱ごうとしてるんだろう、光は。わたしの風邪が移って、ばかになっちゃったのかな。
「名前、これ着とけ」
ぐい、と無理矢理鞄を取られたかと思えば、学ランを投げ渡されて目を丸くする。 すこし温かさの残るそれと光を交互に見ていると、めちゃくちゃ睨まれた。
「……要らんのやったら別にええけど」 「い、いるいる!着ます!」
冷たそうな手をこっちに差し出されて、すぐに首を振る。珍しいなぁと思いつつ学ランに腕を通して着込み、鞄を受け取った。…あったかい!
ワイシャツだけになった光を横目で見つめて、色とりどりのピアスがついた耳が赤く染まっていることに気付く。
「光は寒くない?耳、赤くなってる」 「…寒いわボケ」 「ごっごめん…やっぱり返す、」
慌ててだぶついた袖を持ったけれど、わたしの手は、光の手に絡め取られてしまった。光はわたしを見つめながら口端を満足そうに上げ、「これでええ」と呟くと前を向く。
冷たいと思っていた光の手は、意外とあったかい。なんでだろ、いっつも冷たいのに。
左手に鞄、右手に光。借りた学ランから、光の匂いがする。 鼓動が早まっていくのを感じて、急に恥ずかしくなった。
![](//static.nanos.jp/upload/g/gelsemium/mtr/0/0/20110920214217.jpg)
「お前、手熱いんやけど」 「え、いや、どきどきして……あれ?光もなんか熱…」 「黙れ」
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