「千歳、しりとりしない?」 「…妙なこつ言い出す子やね、名前は」
とんとん、と肩を叩いてそう問いかける。千歳はわたしに向き直ると、双眸をすこし瞬かせ、驚いたような顔をしてから、小さく頷いた。 うん、今のはなかなか突発的だった。ごめん。
「あれ…やっぱ駄目?」 「や、良かよ。始めなっせ」
しりとりをしようと提案したことに特に意味はない。 部活の時間までの暇潰しと、なんとなくって言う思いつき。
ああでも、千歳への興味もあったのかもしれない。
背がものすごく高く、校内ではあまり見かけず、パーマをかけたような髪(本人は癖毛って言ってたけど)、耳につけたシルバーピアス。ぱっと見た感じで言うと、ただの不良にしか見えない千歳。
そんなイメージだった彼は、席替えでわたしの前になった。恐る恐る話してみると随分愛想のいい人で。 よく笑うし、のんびりしてるし、猫やジブリが好きな一面もある。 妹がいるらしく、しょっちゅう子供扱いをされるのには困ったけど。
「じゃ、わたしからね。りんご」 「…ごま」 「枕」 「ラクダ」 「だー……ダンス」 「すいか」 「髪!」
緩い笑みを向けて返答する千歳の顔を、じっと見つめてみる。なかなか整った顔してるなぁ。見るのはだいたい後姿か横顔だから、気付かなかった。
千歳はわたしの視線に気付くと、僅かに眉を寄せ、首を傾げた。 それに、何でもないと返して視線をそらす。
「髪、だよ。千歳」 「あー…何も思い浮かばん」 「頑張って考えれば出てくるって」 「ばってん、蜜柑じゃダメたい。ほんなごつ難しか…」
千歳が考えている間、なんとなく机の上の手に目を向ける。手、大きいなぁ。…テニス部だっけ。
そういえば、千歳は部活に行かなくて平気なんだろうか。
視線をずらして辺りを見渡す。クラスメイトたちはいつの間にか教室から出ていたようで、残ってるのはわたしと千歳、それに大人しそうな女の子達だけ。 けれど、その子達はわたしと目が合うとすぐに帰り支度をし始めて、慌ただしく帰ってしまった。……なんか悪いことしたかな。
「あ。ようやっと二人きりばい」 「…そ…そう、だね」
思わず千歳の方に視線を向ける。嬉しげな表情で呟かれた言葉に、動揺してしまった。二人きり、って。いや、別に…二人でしりとりしてるだけだし、やましいところは何もない、はず。
戸惑いがちに頷いて肯定してから、しりとりの続きを促す。「早く!」と急かせば苦笑いされた。
次は…み、だっけ。
「もう思いついたと。…耳?」
千歳が発した、疑問形の答えに笑おうとする。が、前から伸びてきた大きな両手がわたしの両耳を覆ったことで、思考が鈍ってしまった。
み、耳、触られて、る。(…なんで…!?)
もともと静かだった教室は、千歳の掌が耳を塞いだせいでさっき以上にしんとしている。熱い指先から、脈拍の音が少しだけ聴こえた。
「千歳、」 「次答えなきゃ、名前の負けったい」
「ち、違くて!なんで耳…」 「ん?触りたいと思ったからばい。いけんかった?」
きょとんとしながらそう問いかける千歳に、体中の熱が顔に集中するのがわかる。 触りたいって。触りたいって!おかしいでしょ。何ナチュラルにセクハラかましてるんだこの人。
その後わたしが、すぐに「みかん」と答えたのは言うまでもない。
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「名前が負けたけん、罰ゲームば考えんとね」 「いや罰ゲームするって誰も言ってないよ…」 「楽しみにしとって?」 「(……聞いてない、こいつ!)」
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