わかってるよ。






名前が、手の中の携帯を見つめながらそう云ったのを聞いて、視線を向ける。
彼女にしては珍しく、とても抑えた声やった。誰にも聞かれないように呟いたときの、すこし諦めを感じる声。名前の穏やかな表情が、俺の心の奥底からなにかを引きずり出す気がして、すぐに笑顔を作ってみせる。







「どないしたん?」





問いかけつつ、その携帯を覗き見ると、メールを受信した画面。
それを見ながら自然な動作で名前の頭を撫でようとした手が、止まる。














『 白石くん、他に好きなひといるらしいよ 』









小さなフォントで表示されていたのは一文だけ。眼前が真っ白に弾けて、気持ち悪うなった。
教室が歪んで見える。部活終わり、どこかの部が騒いでるのが耳に入ってきた。日常的な場所。非日常なメール。ああ、この関係が、壊れてしまう。








「うん、知ってた」





名前は静かに笑って、頭を撫でかけていた俺の指先を掴む。その手は妙に冷たく薄っぺらくて、急に泣きたくなった。


俺に好きな人がいることは、隠してきたつもりやった。この浅はかな恋心が伝わってしまわんよう、必死に。そして、寂寥感をなくすために、名前と付き合った。自分の欲のために、名前の想いを利用した。





名前を、だれかの代わりに使った。












「いつから…」







渇いた唇で云えたのは、それだけ。
ドクドクと、心音が激しくなっていく感覚。






名前は携帯をぱちんと閉じると、それを机に投げ置いて、俺に向き直る。
彼女の透き通る双眸に、ばかな男の姿が映っとった。







「付き合う前。ずっと前、から」









形の良い唇から吐き出された言葉に、何も言えず見つめ返す。背筋がどんどん底冷えしていく感覚。けれど、咽喉は熱い。頭の中で、よくわからん感情がぐるぐると回っていた。
名前はそんな俺を見て笑ったまま、ごめん、と眉を下げる。切なげで綺麗な顔を、上手く見ることができずに俯いた。なんで、なんで名前が謝るん。








「……なんで、」
「好きな人がどこを見てるかなんて、すぐにわかるよ」









で、蔵ノ介が寂しかったのを利用しちゃった。


そう付け加えて、名前はもう一度ごめんね、と呟く。こわいくらい、優しい声やった。
ちがう。違うやろ、お前は利用してへん。ほんまに最低なのは、俺や。
なぁ、名前。なんでそんな、優しいん。














「俺が、名前を利用してたんやで?もっと他に…っ、言うことあるやろ!」






顔も見れぬまま、繋がれていた指先を振り払い、声を荒げる。咽喉がつまる感覚がして、気付けば泣いていた。なんで俺が泣いてんねん、アホか。涙が頬を伝うのを感じ、慌てて目頭を押さえる。


名前が椅子から立ち上がる気配がした。次いで、ギギ、と机が鳴る音。名前の小さな腕が、俺の背後から首筋を抱え込んだ。鳥肌が立つほど温かくやさしいその腕を掴もうとして、止める。俺は、この優しさに甘える資格はない。











「…、…もう、受け容れてくれなくて、ええよ」











せやから、これ以上優しくしないで。













「わたしと付き合ってくれて、ありがとう」
「――っ…う、ん、名前、」







「さよなら」
















するりと離れていった温もりを、離したくはなかった。
誰よりも愛しく誰よりも優しい名前を、誰よりも傷つけていたのは自分自身の、くせに。











( 大切な偽者を失った )







(それが偽者じゃないということを知った、)



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