「(…あ、忍足だ)」




彼が忙しなく動くたびに、染められた金髪がゆらゆらと揺れる。―ひよこみたい。そう思うと笑いが込み上げそうになった。
けれど、ここは四天宝自の教室でもなければ、廊下でもない。しかも、遊んでいた友達とはさっき別れたところで、わたしは一人。
そんな状況で、いきなり笑い始めたら変だろう。そう思い、ぐっと我慢する。



「(なにしてるんだろ)」



同じクラスで前の席の、忍足。ただの友達。いや、それ以下のクラスメイト。
そう言えば、風邪で休んでしまったときに、ノートを借してくれたっけ。……字が汚くて読めなかったけど。あんなに速く書くからだ。
ああ、音楽の趣味が合うのか、彼からCDを借りたりしたなぁ。ちなみに中身は空。…もう、存在がギャグでできているんだろうか。
あとは、授業中のペン回しを注意したくらい。


その忍足が、駅の改札口の近くで女の人と話している。

きれいなひと。

だれだろう、たぶん同い年ではないはず。なんて考えながら改札を抜けようとしたら、手間取ってしまった。よかった、ブザーは鳴らなかったみたい。
安堵の息をついたその瞬間、忍足が嬉しそうにへらりと微笑んだのが見えて、あの女の人は彼女なのかな、となんとなく思った。




「(…、彼女、かあ)」


ホームの隅に寄って携帯を取り出し、メールを打つ。送信先は、目の前の金髪だ。あ、のキーに指先を当てて、慣れた手付きで文字を打った。『忍足って、彼女いるの?』

……うわー、なんか意識してるみたいだ。送信するの、やめようかな。
忍足のことはべつに好きじゃないし、気になるだけっていうか。あんな綺麗な人が忍足の彼女なわけないだろうし…、興味本位、みたいな。


送信ボタンを押せずに、画面から目を離して、電光掲示板の近くに向かう二人を見つめる。

今からどこか行くのかな、もう遅いのに。
ディスプレイに表示された時間は19時を回ったところだった。

泊まる、とか?






「あ」



指先に力が入って、さっき作成したメールを送信してしまった。

妙に恥ずかしくなり、そのまま携帯を閉じる。だってあんなの、好きだって言ってるみたいで。
違う、べつにそういうわけじゃない。階段の陰に隠れながら、忍足を盗み見る。




「…せやなあ、また近いうちに来てや!」
「―、――」


彼の大きい声は、プラットホームに響く。女の人の声は小さくて、こちらまで届かない。それにしても、メールには気付いてないらしい。



「は!?い、意味わからん!……そ、そりゃ居るけど、その………まぁ、可愛いで」



その単語にぴくりと肩が揺れた。閉じた携帯を開いて、電話帳から忍足を探す。
かち、と、衝動的に通話ボタンを押してしまって、すぐに切る。なにしてるんだ、わたし。着信にはならなかったから、あっちの履歴にも残っていないはずだ。

ああ、可愛い、だって。やっぱりあの人、彼女なのかな。
――なんでわたしは、こんなにイライラしてるんだろう。



(…嫉妬?)


どくどくと鼓動が高鳴る音がする。え、うそ、ちがうって。じゃあなんでこんなに苛々してるの。なんで忍足から目が離せないの。ねえ、なんで。

その人に触れる手を、独り占めしたくなってしまう。彼の、おおきな手を。







「あれ、名前?」

「…おしたり、」
「なんや偶然やなぁ!」



視線に気付いたように、忍足がわたしを見つけた。
さっきまであの人に向けていた笑顔が、わたしのものになった。
そんな些細なことが、嬉しくてしょうがない。



どうしよう、わたし、忍足のことが好きかもしれない。





( もしそれならどうする? )





(あるボカロ曲に触発されました
タイトルは「賽は投げられた」という意味)

(120210 加筆・修正)



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