「…、ブン太、」



「ん…何……」







肩をゆするだれかの手と声。無理矢理に瞼を持ち上げれば、目の前に名前がいた。



右目には名前。左目にはソファの背凭れと、リビングの天井が見える。俺いつのまに寝てたんだろ。
覚醒しきっていない思考はぼんやりとしていて、吃驚したまま数秒動きを止めてしまう。その途端に、読んでいた雑誌が床に落ちた。うわ、これ仁王に借りてたヤツなのに。







……え、つーか、何で俺ん家にこいつが。





半開きの口から涎が垂れそうになって、慌てて唇を閉じた。寝惚け眼で名前を見つめると、へらりと笑われる。






「なんだよ…」
「だって、寝癖ついてるから」
「マジで?どこ?」
「ここ」







柔らかい指先が、俺の髪の毛を梳く。心地好さに瞼が重くなるのを感じ、撫で始めてきた名前の手首を掴んで止める。今まで寝ていたせいで俺の手は熱く、そのぶん、名前の手首は冷たい。



そのまま、手首から手のひらを掴み、ぎゅうと優しく握る。熱がすこしずつ、移動していく感覚。

…なんかこう言うのいいかも。ゆっくり、時間が過ぎてく感じがする。
柄にもなくそう思って、手に力が入った。名前は照れたように唇をつぐむと、反発するように、俺の瞳をじっと見つめた。…こいつのこういう顔好き。キスしたくなる顔、って感じ。








「もう寝癖とれたよ」
「サンキュ。てかお前さ、何でいんの?」
「さっきスーパーで弟くん達に会って」






今日はお母さんと、ファミレス行くらしいよ。と告げられて、げ、と眉を顰める。俺だけ仲間外れかよ……あそこのパフェ食いたかったのに。
大きく溜息を零すと、名前は微笑んでスーパーの袋を目の前まで上げた。なにこれ、と半透明の袋を覗き込みながら首を傾げる。「夜ご飯の材料」と簡潔に答えが返ってきた。




……は?どういう意味?(…やっべ、まだ寝惚けてんのか俺)




ぽかんと名前を見つめていれば、いつのまにか離されていた片手で、口元を抓られた。






「だから、夜ご飯はわたしが作るね。デザートのケーキもがんばる」
「………え、マジ!?よっしゃ!」
「うん、ブン太のお母さんに頼まれちゃったし」
「名前の飯食うの久々。メニューなに?」
「オムハヤシ。好きでしょ?」










問われて、うん、と力強く頷くと、また笑われる。


制服のスカートをゆったりと翻して、キッチンへ向かう名前の後姿。めちゃくちゃイイ、つーか安心する。心の奥底では、なんとなく、こいつなんかいなくても平気だって気がしてたのに。やっぱ、いなくちゃだめだ。




そう感じると急に名前が愛しくなって、ソファから立ち上がる。







「捕まえた」
「え、ちょっ…ブン太?」






後ろ手でエプロンを結ぼうと戸惑っている名前。その腕の下に手を通して、ゆるく抱き締めた。そのまま肩に額を乗せると、心臓がきゅうきゅうと音をたてて軋む。温いくらいの心地好い体温と、柔らかい感じ。あー、なんで女ってこんな柔らけぇんだろ。謎すぎる。
壊れそ、と聞こえないくらい小さく呟いた。






「吃驚した…いきなりどうしたの?」
「んー……安心したくなって」
「なにそれ」






名前が笑うたび肩が揺れるから、押さえつけるように唇を寄せる。びく、と小さく震えて、すぐに大人しくなったのをいいことに、ちゅ、とわざとらしくリップ音を鳴らした。悪戯心で、白い首筋に息を吹きかけると、名前の手が俺の手を握る。





あ、やべ。止まんなくなりそ。








が、「ご飯つくらなきゃ、」と咎めるような声が聞こえて、ぱっと両腕を離した。









「まぁ、しょうがねぇか。腹減ったし」
「……あの、こういうのは状況を考えてね」
「それ、考えたらシていいっつーことだろぃ?」
「え…ええー…」






眉を寄せる名前にけらけらと笑って、エプロンのリボンを結んでやる。こいつ、マジで可愛すぎてどうにかなりそう。オムハヤシ楽しみだし。明日休みだから今日は泊まらせてもいいよな、うん。







( 一番、すき )






「今日泊まってけよ」
「何もしない…?」
「多分な」
「……弟くんたちの部屋で寝る」



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