「……え、雨降ってる?」 「ん?あー…降っとる…、残念やねぇ」
7月7日は、七夕。近所でお祭りがあるらしく、部活が休みの千歳と一緒に行こうと思っていた。 ……の、だけれど。
浴衣を着付け、後は髪をお団子にするかポニーテールにするか迷っていれば、窓の外から聞こえる雨音。 にわか雨にしては、雨音が強い。それに、遠くの空が灰色の雲で染まっている。 さっきまであんな晴れてたのに、何で…!
立ち上がろうと足を上げかけて、浴衣の裾に引っかかり、溜息をついた。
「こんな土砂降りじゃ、お祭りは中止だよね…」 「結構強か雨やからねぇ」 「うん…楽しみにしてたのになー」 「ばってん、俺はこげん可愛い名前、他の奴に見られたくなかったと」
だから好都合たい、と付け加えて千歳はへにゃりと笑う。 その言葉に言い返す気力もなく、ばたつかせていた足の動きを止めた。 千歳はわたしの髪の毛を優しく撫でてから、隣に座る。(…子ども扱いされてる……)
拗ねてる子どもみたいに見えてるんだろうか。 髪をまとめて浴衣を着て、一緒にお祭りに行けたら、大人っぽいところも見せられたのかもしれないのに。 …いや、お祭りに誘う時点で、わたしは幼稚なのかもしれない。
背が高くて大人みたいな千歳に、すこしでも釣り合う女の子になりたいんだけど、なぁ。
「名前」 「あ…ちょっと色々考えてた」 「なに考えてたと?」 「七夕の願いごと…かな」 「へえ、気になるばい。何ね?」
千歳の腕がわたしの肩に触れて、熱い。 そう言えば、こんなに近距離でいることなんてないかもしれない。
頬が緩みそうになるのを無理矢理こらえながら、「ひみつー」と流す。
そのまま伸びをし、綺麗に整えて淡いピンク色をのせた爪を見つめた。 これも今日のために頑張ったんだけど、無駄になっちゃった。勿体ない。
「七夕なのにー…ちゃんと可愛いシュシュ買ったのに…はぁ…」 「…名前の髪の毛、俺が結っても良か?」 「えっ!…ゆ、結えるの?」
まさかの提案にびっくりして、薄桃色のシュシュを落としてしまう。 弱々しくそう問いかけると、千歳は笑顔のまま何度か頷いた。 色んな意味で不安………だけど、ミユキちゃんのとか、結んであげてるって聞いたことあるかも。
「…じゃあ、お願いします」 「ん。任せなっせ」
嬉しげに微笑んだ千歳が背中側に回って、うなじに指先を添えた。 長い指が、わたしの髪の毛を梳く。背筋がぞわぞわと粟立つのを感じて、小さく深呼吸してみる。
あぁ、やっぱり慣れてるのかな? 千歳は不器用そうだと思ったけれど、案外気持ちいい。 それにしても、ひとに髪をいじられると眠くなってしまう。
重くなってきた瞼を擦る。雨は変わらず地面を打ちつけ、安定した音が聞こえていた。
「っ…?あ、ごめん」 「眠いなら寝ても良かよ?」 「うん。なんか気持ちよくて…」 「…嬉しかね。ほら、よしよし」
一瞬眠ってしまっていたのか、千歳はもう髪を結ぼうとはせず、ただ単にわたしの頭を撫でている。 その手の心地好さに、また瞼が重くなる。(浴衣着付けるので早起きしたから、なぁ…)
千歳は片方の手でわたしの腰を掴むと、ずり、と引き寄せた。 お言葉に甘えて、すこし眠らせてもらおう。 千歳の傍にいると、安心した。
身体を浮かせ、胡坐をかいた千歳の足に座る。 そして後頭部を胸に凭れかけて、瞳を閉じた。
「雨降って、よかったかも…」 「何か言ったと?」 「ん……何でもない」
こんなゆっくりとした時間、大人っぽくないかもしれない。
けれど、いいや。 織姫と彦星みたいに、一緒にいれるだけで。 千歳の傍にいれるだけで、幸せだから。
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「(……名前の浴衣姿、誰にも見られんで安心したばい…)」
(2011.07.07 七夕)
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