ピンポーン。





今の時間は、23時。


夜遅くに鳴り響いたチャイムに驚き、インターホンの前まで向かう。
不鮮明な画面に写っていたのは、見切れた黒いスウェット。
カメラの位置を低めに設置したせいか、訪問者の背が高すぎるせいか、顔が見えない。


…だれだろう、この人。


変質者だったらどうしよう、なんて思いつつも、結局は不信感より好奇心の方が勝ってしまう。
恐る恐る受話器をとって、「はい」と声を出す。


すると、黒かった画面が動いた。




「名前」



腰を窮屈に屈めながら、困ったように笑う千歳が映る。
その笑顔にどきりと胸が高鳴って、玄関までの廊下を走り、慌ててドアを開けた。




「ち、千歳!」

「寝とった?」
「いや、テレビ見てた…」


こんな時間に現れた千歳に、驚くしかない。(なんでいきなり…?)
いや、他のひとならまだしも。一応、恋している相手…な、わけで。

背の高い千歳の顔を見上げると、頬に小さな傷がついているのに気が付いた。
わたしの目線に気付いたのか、千歳は照れ臭そうに唇を歪ませる。



「それ、どうしたの」
「……妹と、喧嘩ばして、」
「ミユキちゃんと?」
「そうばい。鍵閉められたけん…ほんなごつ困っとっと」



目を丸くすれば、ますます苦笑いする千歳。
ええええ…そんな鍵閉められるほどの喧嘩しちゃったんだったら、仲直りした方がいいんじゃ…!
千歳は、自分の髪の毛をくしゃりと掻き雑ぜ、それから口を開いた。







「今日だけ、泊まらせてくれん?」


眉を申し訳なさそうに下げて、目の前の彼はそう言った。















「…ヘアタオル使っていいって言ったのに!」
「別によかよ」
「よくない!あああ床濡れてる…!」




流れで泊まることになってしまった千歳にお風呂を貸せば、数十分であがってきた。
頬を朱色に染めて毛先からぽたぽたと雫を垂らす姿が妙に色っぽい、……じゃなくて!
そのままリビングに向かってくる千歳の肩にバスタオルをかけ、床に垂れた水滴をふき取る。
め、めんどくさ…!!

悪かねー、なんて暢気に謝る千歳の腰を軽く叩き、時計を見れば既に0時を回っていた。





「どこに布団敷くと?」
「お父さんの部屋かなぁ」
「ん。あれ、二人とも居らんね」
「うん、旅行してるの」


「じゃ、名前の部屋に敷きたか」
「…えっ」




なんで、と聞き返せば、「俺と名前の仲たい」と意味のわからない返答をされて。
結局、わたしの部屋に布団を敷くことになった。

どうしよう。絶対寝れない、よ。












いつもより暑く感じる部屋の空気を換えようと、窓を開ける。

二人ぶんの敷き布団のうち、いつも使っている枕を置いた方に寝転がった。
洗ったばかりのシーツに頬を寄せて、隣の千歳を盗み見る。
携帯を持つ指は、当たり前だけどわたしより大きくて、ごつごつしていて。
かちかちとボタンをいじる音が聞こえ、小さく息を吐いた。



「メール?」
「親に泊まるって言っとかんとね」
「あ、そっか」



わたしも一応お母さんにメールしておこう。
充電器から携帯を抜いて、作成画面を開いたけど、すこし躊躇した。


…男の子を、泊めるんだ。


とは言っても、娘一人置いて旅行するぐらいだから、何にも思わないんだろうけど。
それに、千歳のことは二人とも知ってるし。そう思い手早く文字を打って、送信する。





「そう言えば、何でわたしの家に来たの?」
「…いけんかった?」
「違うよ。泊まるなら白石くんとかいるのに、何でかなって」
「あー…ばってん、あいつは小言ば言うけん嫌になっとよ」
「はは、白石くんらしいね」





げんなりとした顔をするのを見て、前にもこんなことがあったのかなと笑う。

と、千歳がわたしを見つめた。
澄んだ瞳と目が合い、思わず心臓が高鳴る。




「名前は、」
「…な…なに」
「白石んこつ、好いとっと?」
「……はっ?」



真剣な眼差しのまま呟かれた言葉に、情けない声をあげてしまう。
ゆっくりと起き上がり首を傾げると、千歳はわたしから目線を外した。
枕に押し付けているせいで、千歳の表情は見えない。





「…何でも、なか。俺は寝るけん、おやすみ」





絞りだすような声に何も言えず、おやすみ、と返事して電気を消す。
しんとした部屋の中、コンセントに繋がったLEDライトが淡く光っている。
本棚の方を向いている千歳の背中を見つめて、手を伸ばした。

けれど、その臆病な手は届くことなく掛け布団に触れて、仕方なくそれを引っ張った。


千歳は寝返りをうって、こちらを向いた。
閉じた睫毛が意外に長く、見つめてしまう。




「もう、寝た?」
「……ん…」


可愛らしい寝言が聞こえて、笑った。(…寝つきいいなぁ千歳)
さてと、そろそろ見ないようにしよう。眠れなくなりそうだし。


未だすこし濡れている千歳の前髪が、目にかからないようにと指先で払う。
わたしも同じように寝返りをし、千歳に背を向けて瞳を閉じた。



もし、わたしと千歳が恋人同士なら、この優しい時間を
互いに幸せだと思ったのかな。
千歳はきっと何も想わないまま、眠ってしまったんだろう。
わたしの、いつもより速い鼓動なんて、聞こえてない。






「…千歳の、ばか」










「……馬鹿はお前さんの方ばい、名前」


心地好さそうに眠る名前の髪を撫でる。
無防備に四肢を投げ出し、白い太腿が布団からちらつくのを見て長い溜息をつく。
我慢、と自分に言い聞かせたものの、その身体を抱き寄せるのに時間はかからなかった。




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