名前先輩。




テニス部のマネージャーで、いつでもぱたぱたと走り回っとる人。
特に美人だとか言うわけじゃないのに、気付けばついついその姿を見つめている。

話したのは数回程度。しかも事務的な会話。
もう少しだけ話してみたい反面、先輩のことを知りすぎたら、この気持ちが突っ走ってしまいそうで。






(それに俺、口調きつくなってまうし)









あー、と唸りたくなる気持ちを抑えて頬杖をつく。
窓から見える景色はいつもと変わらず、天気は曇り。風で木々が揺れていた。


風つっよ。今日の部活きつそうや。




先輩は風の強い日にポニーテールにしてくることがある。
今日の部活中、してきたら、きっと目で追ってしまうやろな。

……て、また、先輩のこと考えとる。






「財前ー」
「あ?」



友達に話しかけられ眉を顰めれば、なんでそんな機嫌悪いねん、と言われた。
それを否定するのも面倒で(ちゅうか実際苛々しとるし)、用件だけ尋ねる。








「女の先輩が呼んどるで」
「どうせ呼び出しやろ。追い払っとけや」


「せやけど、テニス部のマネージャーさんやねん」








焦って立ち上がったら、椅子が倒れた。
















「週末にちらし寿司つくるから、今日の放課後に買い出しついてきてくれない…かな?」




名前先輩がそう言って、申し訳無さそうに首を傾げる。
よくわからず聞き返してみれば、どうやら行事好きの顧問が言い出したらしく。




放課後、か。先輩、なんで俺に頼もうと思ったんやろ。
……どうせ消去法なんやろうけど。


色々任されて困ってる先輩を手助けするのは、大抵部長か謙也さんだ。
思い返せば妙に悔しくて、眉を寄せる。



と、先輩が疲れたような表情をして溜息をついた。
たぶん、暇な千歳先輩にでも頼もうと考えてんかな。
せやけど、千歳先輩はどこにおるかわからんし、フラフラ歩き回るからその苦労を考えての溜息っちゅう感じやろな。







( まあ…、俺っていう選択肢もあったっちゅうことか )




少し俯いて、ばれないように深呼吸をする。
それから顔をあげた。









「しゃあないっすわ…買い出し、手伝います」
「えっ!」
「(えって、なんやねん)……手伝わなくてええんすね」




いや、まさか手伝ってくれるとは、とかごちゃごちゃ言うとる先輩の前であからさまに溜息をつく。
そんな俺の様子を見て慌てたように視線をさ迷わせる名前先輩。

(可愛い、……ような、気がする)



今日の放課後かどうか問い、こくりと頷く様子を見て、すぐに教室に入る。
名前先輩、知れば知るほど可愛いっちゅうか…ひとつ上には見えん。



椅子に座り、熱い耳を隠すようにヘッドホンをつければ、友達がぎょっとしていた。















「財前くんは桜でんぶといくら、どっちがいい?」
「桜でんぶって変な味せぇへん?」




彩りを考えているのか、名前先輩が振り返ってそう聞く。

……俺の好みで決めてええんや。

思わず嬉しくなって、タメ口で返してしまう。
けれど先輩は特に気にした素振りもなく、いくらを手に取って笑った。
それに吹き出しそうになり、どうにか喉奥で堪える。



と、先輩が驚いたように振り向いた。
ああ、笑い声聞こえたんかな。

無表情を装って何すか、と呟く。






「んー、なんでもないけど…」
「(…耳、ちょっとだけ赤くなっとる)」





朱色に染まった先輩の耳元を見つめ、少しは意識してくれたんか、と頬を緩めた。



そのうち、口を尖らせる先輩の右腕から、カゴを取って持つ。
悪いよ、と困った顔をした先輩を無理矢理なだめて、買い物を続けた。


















帰り道。夕焼けに染まる先輩の髪の毛を見つめて、綺麗や、なんて柄にもなく思う。
そんな気持ちを振り切るように、路傍の露店を見つめた。




苺のロールケーキの入った袋を見て、表情を緩めている名前先輩は、
さっきからふらふらと危なっかしい足取りをしている。

それにつっこめば、先輩は露店を指差してやわらかく微笑んだ。








「見てきます?」




そう問うと、名前先輩は露店と俺の荷物を交互に見つめてから、苦笑して首を振る。



別に、気ぃ遣わんでええのに。


そんな態度にむっとして、露店に向かう。
先輩は俺の様子に目を丸くしたあと、遠慮がちに後ろからついてきた。






「かわいいね」
「……そっすね」




桃色や赤色のアクセサリーに反射する光が、名前先輩の長い睫毛にのっていてきらきらとしている。

先輩は桃色の石がついた小さな指輪を見つめてそう呟く。
それに短く返答して、先輩の様子を眺めた。


………俺が買ってやったら、先輩はつけてくれるやろか。







「…これ、ください」




先輩が驚いたように口を挟むのを適当に返して、財布から金を出す。
露店の名前が書いてある小さな袋をズボンのポケットにしまい、さっさと歩き出した。(なんや恥ずい、し)









「さっき買ったの、お母さんにあげるの?」
「いや、ちゃいます」
「お姉さんか妹さん?」
「妹は居らへん。姉はいるけど、義理やし。あげんでもええ」






俺がそう答えると先輩は不思議そうに首を傾げてから、なにか思いついたように、あ!と声をあげる。




「もしかして彼女さんとか…」
「(……、) 居ないっすわ」





……この人、俺に彼女いると思ってるん?(完全に眼中にない、っちゅうんか)



溜息をつきたくなる気持ちをぐっと堪えて、それきり黙る。
名前先輩は、気まずいのか何も言わずに俺の後をついてきた。
















「財前くん、手伝ってくれてありがとね」
「…礼とかええですから」





職員室に向かう廊下の途中、先輩がそう言ってへらりと微笑む。

その瞬間心臓がどきりと痛み、視線をそらす。



そのまま職員室のドアを開けてさっさと先生に荷物を手渡した。



名前先輩は、また明日、と笑ってぱたぱたと教室に走っていく。




また明日も、俺と話すつもりでそう言ったん、かな。
緩みそうになる口元を手で隠して、三年の下駄箱に向かった。









「名前先輩」





緊張しているせいか、普段より幾分乾いた喉で先輩の名前を呼ぶ。

先輩は俺の姿を見てびっくりしたように首を傾げた。
声が震えないようにと深く深呼吸をして(先輩は溜息に聞こえたのかすこし不安そうやった)、
ポケットから手早く袋を取り出す。






「どうぞ」
「……、わたしに?」





目を丸くして袋と俺を見つめる名前先輩。
先輩が眉を下げて混乱しているのを見ているとどうしても笑いそうになってしまい、
誤魔化すように袋の中の指輪を手に取った。

蛍光灯に反射して煌めく桃色の石を見つめて、どちらの指につけるか聞くと、左手だと言われる。




小さく返事をして、名前先輩の左手に触れる。
先輩の手はすこし冷たく、思った以上に柔らかかった。


ずっと触れていたくなる。




「(何考えてんねん俺、変態か…) 」





細い小指に指輪を通そうとして、ふと疑問が生まれた。






ひだりて。
先輩の、願いごと?







「なにか叶えたい願いごと、あるんすか」


「…素敵なひとと出会えればなぁ、とおもって」







恥ずかしいのか頬を染めながら名前先輩が呟く。





( なんや、それ )





左手をぎゅっと握って離し、その手で先輩の右手を無理矢理掴む。
そしてそのまま右手に指輪をはめると、名前先輩は大声をあげた。




そんなん絶対、出会わせへん。
右手は厄除けや。










「(俺以外のヤツになんか、渡さんわ)」
「ざ、財前くん?指いたい……」
「…あ、すんません」



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