「財前くーん」




俺の名前を呼ぶ名前先輩の姿は、正直女とは思えないほどだらけきっていた。


涼しいから、と言っては俺の部屋に来て俺のベッドで寝転び、暗くなる頃に帰る名前先輩。
最初のころはその都度文句を言っとったけど、最近はもう何も言ってへん。(言うだけ無駄や。つーか丸めこまれるのが腹立つ)
この状況に慣れとるのが、なんや悔しい。
そうは思いつつも、先輩が来るとついつい家にあげてしまう俺が変、や。




俺はベッドに座り、壁に背中を押し当てながら、暇そうにごろごろとしている先輩を見つめる。








「(…、キャミソール見えとる)」





最近、名前先輩を見るたび胸がかさかさするような、へんな気分になった。
それがほんまに嫌で。自分が自分でないような感覚がしてしまう。



くそ。意味わからん。









「聞いてる?」




じっと見つめている俺の視線に困惑したのか、名前先輩がすこし眉を寄せてそう言った。
おん、と短く返答して読みかけだった雑誌に目を落とす。


名前先輩はそれに小さく溜息をついて、もういいよ、と呟いた。





「なんなんすか」
「だって財前くん、ひとの話聞いてないからさ」
「聞いとります」






えぇ、と不満げに漏らして携帯をいじりだした名前先輩に視線をやる。
ずれたパーカーから、肩が覗いていた。浮き出た鎖骨に黒のイヤホンが垂れていて、
なんで女ってこんなに色白なんやろ、なんて考える。



心臓がざわついた。




名前先輩は片耳につけていたイヤホンを外して、俺と目を合わせる。






「あのさぁ」
「ん」
「一氏くんってよく、いてこますぞーって言うじゃん」
「…、……はあ」
「どういう意味?」







いきなり先輩の話題か。



「一氏くん」と名前先輩が言ったときの胸のざわつきについて考えていればそう問われて、面食らう。
どういう意味、と聞かれても…辞書のように明確に答えられるわけやない。
感覚で使っとる言葉の意味なんて、はっきりとはわからんのが本音や。






「ぶっ殺す、みたいな感じの言葉…すかね」
「…物騒な言葉」





殺すとかそう言うんとは、ニュアンスが違うような気がするんやけど。



そう付け足すと、名前先輩は興味なさそうに相槌をうち、暇なのか俺に近付いてくる。
ずりずりと這う姿を見て、軽く頭を叩いた。(この人ほんま行儀悪い)
先輩はそのまま、俺の膝に置いていた雑誌に目を向けて、頬杖をつく。






「あーあ、暇になった」
「ほんなら帰ればええやないすか」




思わず冷たく言ってしまい、しまった、と唇を噛む。


けれど名前先輩は大して気にしていないのか、俺から雑誌を取り上げると、起き上がって隣に座り直した。
お互いの肩が当たるほど、近い距離。先輩の柔らかい髪の毛が、腕に触れる。

息がつまりそうになって、深呼吸した。
なんや。この、感情。



名前先輩はふと口を開いて、俺を見つめる。不覚にもどきりとしてしまい、落ち着かない。






「もし、わたしが帰ったらさー」
「…はい」
「財前くんが寂しくなっちゃうでしょ」





……寂しい?何でやねん。


意地悪い顔をしながらそう言う先輩に、反論しようと開きかけた唇。

を、名前先輩の長い指先が押さえる。
それに驚いて、鼓動が高鳴った。あ、やばい。心臓がどくどく、しとる。





先輩は指先を離すと困ったように笑って、ゆっくりと起き上がった。











「うそ。わたしが寂しいから、帰らないだけ」













(俺やって、ほんまは寂しいのかもしれん)



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