「さっむ…」



今、地球温暖化とか言うのが迫ってきてるんじゃなかったっけ?

昨日までの暖かさが嘘のようで、3月下旬にしてはすごく寒かった。はあ、と息を吐くと、白く見える。
冷たさが肌を刺すようで思わず肩を震わせる。がらがらと両手で引く荷物が重く感じて、やっぱり昨日のうちに行けばよかったかも、と思った。

やっぱり薄着じゃだめか。
なんて後悔しつつ駅のホームで白線ギリギリに寄って、歩く。

くしゃみがでた。





「……来るわけないよね」



財前、光。
かなり仲が良いと、思ってたんだけど。(…でも、それにしては毒舌だった)
付き合ってたわけではない。俗に言う、友達以上恋人未満ってやつなのかな。
冗談めかして「すき」と言ったし、光が自身満々に笑いながら「知っとる」と言ったのも覚えている。何回か、キスだってした。




「こんなときまで無関心だなあ」



そうやって、自分を自嘲する。小さな笑い声が、ホームに響いた。
人のいない早朝の駅でもすこし恥ずかしくて、チェックのマフラーで口元を隠す。

何をしても、何を想っても、ぜんぶ虚しかった。

ホームには、全く人の気配がない。
既に寂しくて泣きそうだから、丁度良いと言えばそうかもしれないけれど。
でもやっぱり、人がいないのも寂しい。(無茶苦茶な性格だ、わたし)


備え付けのベンチに座る。
外気に晒されているせいでプラスチック製の其れはすっかり冷えていて、つめたい。







「名前、」


「え、……光…?」



いきなり、真っ黒い影が目に入って顔をひく。

足音もたてずにホームに向かってきた光が、すごいなあって思えて、それと同時にすごく嬉しかった。
光は何も言わずにつかつかと近付いてきて、隣に座るとこっちにも聞こえるくらいの大きな溜息をつく。
つっこむ気力もおきなくて、嬉しくてにやにやしていたら、ぎろりと睨まれてしまった。(わ、目で怒られるの久しぶりかも)




「光、こんな時間に起きれたんだ」
「…起きれなかったらここ居らんやろ」
「すごいすごい」
「うぜ」




かなり辛辣な言葉をいただいた。
最後なんだから、もう少し優しさをくれてもいいと思うんだけど…!
思わずむっと唇を尖らせると、光は無表情のままわたしの頭を乱暴に撫でる。
すこし痛いぐらいが、光らしくて。来てくれたんだなあ、と嬉しさを噛み締めてみた。

ホームの温度はかなり寒い。
息を吸い込んだら、つんとした。





「何で、転校するん」



いきなりの質問に、びっくりしてしまう。
問い詰めるような言葉だけど声色は優しくて、思わず泣きそうになる。
光の顔を盗み見したら、わたしよりも切なそうな顔をしているものだから、少し後悔した。(光がそんな顔するなんて思わなかったな)



「……お父さんの仕事、で。よくあるよね。2年くらいしたら戻って来れると思うんだけど」
「ふーん」
「でも…やっぱり転校するの、辛いな」
「辛いんなら残ればええ。母親と一緒にとか、選択肢はあるやろ」
「…わがまま言いたくないから、」


「んなこと言いながら泣くんやめてくれへん?」



だって、止まらないんだもん。

えへへ、と笑ってみせると、撫でていた手で軽く小突かれる。
涙は止まってくれそうにない。ぼろぼろと流れてはコンクリートに染みていった。
光はわたしを見て少し焦ったようだけれど、すぐに服の袖で涙を拭ってくれる。
その行為にまた泣けてきて、息を吸うとき以上に、つんとした。


痛い。寂しい。寒い、残りたい。
その言葉を伝えるには声が必要で、でも泣いているわたしには上手く声が出せなくて、もどかしかった。




「…あ、」



光がそう呟くと、同時にものすごい轟音。その拍子に涙は止まり、そして――電車が走ってきた。
女の人の声で「白線の内側までお下がりください」とアナウンスされる。その瞬間、光と目が合って、気まずくて視線をそらしてしまう。

お互いに無言のまま、わたしは置いていた荷物を持つ。
目の前で止まった電車のドアに乗り込もうとすると、後ろから声が聞こえた気がして。

振り向いた。




「2年したら…ほんまに戻って来るんか」
「…たぶん」



乾いた喉から出る掠れた声。
泣くのを堪えながらそう言うと、光は眉を寄せて、顔を下に向ける。
ああもうお別れか、と思うとさっき止まった涙が滲んでくる。

会えない。2年間、光に会えない。

電車で乗り継いでいけば会える距離。けれど、光が授業中に思いきり欠伸をしたり、部活中に先輩をからかったりする光景を見れない。
放課後の教室でこっそりキスをしたり、帰りに手を繋ぎながら帰ることが、できなくなる。
今まで当たり前だったことが、急に見れなくなり、できなくなってしまう。



ひかる。

生温い電車の中の温度が変に腹立たしくて、零れる涙を袖で乱暴に拭う。ひりひり、した。



ドアが閉まります、なんて無機質なアナウンス。(ばかみたい、こんなの、)
光にもそのアナウンスが聞こえたのか顔を上に向けると、あたしの手を握って顔を寄せた。






「……、…!」
「ごめ…、何言ってるのか、聞こえない!」


ホーム内に流れる軽快な音楽と、電車内で喋るひとの声が邪魔で、光が何と言ってくれたのか聞こえなかった。光の言葉をしっかり聞こうと、精一杯顔を近付ける。






「多分やなくて絶対やろ、アホが!」
「――う、ん!」












(あなたのいない春がくる)



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