「恋人にあだ名つけるなら?」
「ん、何やそれ」




名前は雑誌の見出しを細い指で差してから、ほらこれ、と呟く。
妙にどでかいハートで囲まれた薄桃色の文字を見て女性向けの雑誌って独特やな、と思った。

ソファに座る俺を見上げて(あー上目遣いはあかん、)「この特集、毎回面白いんだよ」と笑う名前。
その目は悪戯をする前の子供のような、何か思いついたようなきらきらした目だった。
嫌な予感がするのは気のせいやろか。



「蔵のあだ名……、つけにくい」
「そりゃカンニンな」
「あはは」



雑誌に目を向け直して、俺のあだ名を考えとる名前の後姿を、見つめる。
ほんま、吃驚するやん。突拍子もないこと言わんでほしいわ。
そのさらさらの髪の毛に通しつつ、なんとなく頭を撫でれば子供扱いは嫌なのかふるふると首を振られた。

時々名前の口から零れてくる「クララ」とか「くらにょすけ」とか、そんな変な名前を聞き流しながら、つけっぱなしのテレビに目を向ける。
バラエティ番組の喧しい声が聞こえて、思わず眉を顰めた。別に嫌いじゃないんやけど、うるさいのは好かん。
テーブルの隅にあったリモコンで電源を消そうと思い、取ろうと腕を伸ばす。


が、その腕を名前にとられた。




「わたしにあだ名つけるなら何かな」
「……名前、邪魔やで」



名前は右手で俺の腕を掴み、左手で雑誌とリモコンを持つと言う器用なことをやってのける。
そんなせんでもリモコン奪わんって。
…料理手伝うときもこのぐらい器用やったらええのに。(言ったら怒るやろうから言わんけど)

絶対テレビを消したかったわけやないしええか、と思い、ふっと腕の力を緩める。
相当俺の腕に力をこめとったのか知らんけど、名前の頭が思いきり俺の膝にぶつかって痛そうやった。




「痛っ」
「自業自得や」
「知ってる!ね、わたしのあだ名考えよ?」



…ほんまにポジティブやなー、金ちゃんみたいやわ。

名前は、俺の腕から手を離してリモコンをテーブルに置き、雑誌をくるくると丸め始める。
そしてソファに思いきり座ると、雑誌をマイクのように俺の口先に近づけた。
なんや。あだ名考えて言えってか。




「…しゃあないなぁ・…、名前のあだ名やろ?」
「うん」
「名前っち、とか」
「ださっ。しかも名前丸ごとにつけちゃったら変だよ」
「……名前りん?」
「…すっごい違和感あるね」






そんなら何がええねん、と苦笑いすると、名前はテレビを見ながら「何がいいかな」と微笑む。
名前は癖のついた雑誌をひろげて、それをテーブルに投げた。(行儀わる、)
俺はソファに座り直して、隣に座っている名前の肩を叩く。



「なに?」
「あだ名考えたんやから、抱っこさせてや」
「……えー」


照れたように微笑んだ名前の両脇に手を入れて、少し強引に自分の膝まで持ってくる。
最初はうー、とか言いながらもぞもぞと身動ぎしとった名前も、そのうちテレビに集中し始めた。
うん。やっぱええわ、この体制。

幸せ気分に浸っとると、俺の足の間にすっぽりとはまった名前が「あ、謙也くんはどうかな」と呟いた。




「は?」
「いや、あだ名。…けんにゃとか謙ちゃんとか?あはは、似合う!」
「……んー」




謙也は相当嫌がりそうやけど。ぶんぶん首振ってデカい声で「嫌や!」とか言うんやろな…。
と頭の中で考えると、光景が目に浮かんでちょっと笑ってしもた。

テレビに目を向けると、いつのまにかバラエティではなくニュースになっとった。
物騒やな、と報道されるニュースを眺めていれば、名前がうんうん唸り出す。



「…色んな人にあだ名つけて回りたい!」
「それいい迷惑ちゃうん?」
「大丈夫だよ、たぶん。んー…財前くんはひかるんで、ユウジはユッピーとか」
「うっわ、財前似合わんなぁ…」
「可愛いじゃんひかるん!今度そう呼んでみよっかな」



あいつ、絶対キレるわ。しかも静かに。それも目に浮かんで、うわー、と変な汗が出てきた。
是非俺の居らんとこで呼んどいてほしいわ。色々と面倒やから。(あ、でもフォローした方がええか)

淡々とテレビを見ているのも暇になったので、名前が読んでいた雑誌を手に取った。
ニュースに集中している名前に「読んでええ?」と了承を取ると、「いいよー」と案外軽い返事が返ってくる。
雑誌を開くと、丁度あだ名の特集ページだった。
そこを適当に読み進めていくと、彼氏彼女をどう読んでいるか、の集計グラフがあった。




「へえ…恋人同士、あだ名で呼んどる人って案外多いんやな」




意外や。
恥ずかしくないんか、と素朴な疑問が浮かんだが、敢えて言わんかった。



「でも、あだ名で呼びたい気持ちはわかるなあ…」
「どんな気持ちやねんそれ」




ようわからんから素直に首を傾げると、名前は小さな声で「…なんかさ、」と続ける。
名前の髪から覗く耳が、だんだんと朱色に染まっていくのがわかり、あ、なんや恥ずかしいこと言おうとしとるな、と勘付いた。
俺は特に何も言わず、名前が口を開くんを待った。



「あだ名付けると、自分だけのものって感じしない?」
「所有物、みたいなんとは違うん?」
「あ!そうそう、こう、大好きなものは自分だけのものにしたいって言うか……」


「…ふっ、」
「えっ……わ、わたし今すごい恥ずかしいこと言った!流して!」



照れくさいのか恥ずかしいのか、リモコンを持ちテレビの音量を上げ始める名前。
その行動がツボに入ってしもた。って言うか、あー、すごい可愛い。
くすくすと喉奥で笑いながら名前の背中をぎゅう、と抱き締めると、名前は拗ねたように猫背になる。(そこも愛しいわ、)



「乙女やなー」
「乙女ですよ」



冗談のつもりで言ったのに。
きっぱりとそう答える名前がおかしくて可愛くて、あだ名で呼んでやろうと口元を緩めた。
とんとんと優しく肩を叩いて此方を向かせる。
名前は、俺の顔をじっと見て、それから恥ずかしそうに目を泳がせ、最終的に「どうしたの?」と首を傾げた。






「なあ、名前ぴょん」
「…なに、クララ」








(……名前ぴょんって!)(クララのがおかしいやろ)



(タイトルは仏語で「あだ名」という意味です)


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