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先程、4人にとって残念なお知らせが届いた。
4人というのは例のバンドのメンバーな訳だが、その残念なお知らせというのがなんともまたどうにもならないお知らせな訳であるから、バンド主催者である怜は頭を抱えていた。

ライブ開催交渉、失敗。

「ぐぬぅ……どうすっかなー…」

当初都内のある路上で行う予定だったのだが、区役所及び周辺施設からの許可がおりなかったのだ。
やはり一般人、しかも中学生四人で路上ライブを行うとなるとマナーや後始末等に問題が起こると判断されたのだろう。
まあ仕方のない事だ。私達は、何か問題を起こしてしまったとしてもその責任を自分達で負える年齢に達していないのだ。大人が不安がるのは至極当然といってもいい。

地域の許可がおりないという事は当然目をつけていた他の場所も使用できる訳がなく、かと言って今からまた別の地区に申請し許可を待つなど時間がいくらあっても足りない。というか、メンバーの中で最も短気と思われる"奴"がそろそろ爆発してもおかしくない。
…何か行動を起こさなくては。

「…しゃーない、あれしかないよねぇ」

そして決意を固めた私は頭の中に浮かべていた1つの可能性に全てをかけ、カタカタとパソコンのキーボードを叩き始めたのであった。



後日、日曜日。
私は優紀ちゃんの務める喫茶店に3人が集まっている事を確認し、いつもの無表情で例の話を伝えた。

「結論から言うと、会場は押さえられなかった」

いつもより少し早口にそう伝えた私に3人はそれぞれの反応を見せたが、まあもとより比較的クールな3人だ。別段騒ぐでもなく落ち着いた様子だ。

「大口叩いてた割に、呆気ねぇ仕舞いだな」
「まさかこのまま終わり?…あーあ最悪これでも結構期待してたのに」
「…怜、どうするつもりだ?」

こちらに目を向ける3人を1人ずつ見返し、意思を確認する。
……うん、まだコイツらはやる気だ。

「なら残るは……アレしかないっしょ」

私はあらかじめ用意しておいたノートパソコンでとあるサイトを開き3人へ画面を向けた。

「アレ……って、これクス動?」
「そう、クスクス動画」

日本で1、2を争う程の大手動画サイト、クスクス動画。
このサイトのユーザーの活動といえば、オリジナル曲の投稿からダンス映像の投稿。ゲーム実況やカバーソングの投稿など様々だ。各自でチャンネルをもち生放送を行って人気を得ている生主というジャンルのユーザーも存在している。

「……まさか怜」
「勘のよろしい君らならもう気づいてるかな?ま、そういう事」
「なるほど、リアルが駄目ならネットで…。俺達の演奏をクスクス動画に投稿し、聴いてもらおうと言う訳か」
「うん。しかもネットなら活動範囲も関係ない。日本全国のクス動ユーザーに、私らの演奏を聴いてもらえるチャンスになる」
「…なるほど」

訪れるしばしの沈黙。
そのなんとも言えない空気をまず先に破ったのは天性の雰囲気クラッシャーである深司だった。

「でも俺達中学生だよ?問題とか起きたら…なんか不安なんだけど」
「今は小学生が動画撮ってあげてる時代だぞ?それに責任者って事なら……」
「私がいるわよ」
「そゆ事」
「なっ…!」

ガタッと立ち上がった仁が優紀ちゃんを睨み怒鳴った。

「テメェが介入してくるなんざゴメンだぜ!」
「なーによ、只いざって時の責任者兼監督官になってあげるってだけ。貴方達の活動にちゃちゃ入れなんかしないわ」

そう言った優紀ちゃんはトレーに乗せ運んできたケーキをテーブルに並べながら続けた。

「貴方達がどんな音楽を作るのか見てみたいしね」

そう言ってニコリと微笑む優紀ちゃんはとても綺麗で、思わず見惚れそうになる。
しかしそんな綺麗な顔を穴があきそうな程鋭く睨みつけられるのは、彼が彼女の息子だからなのだろう。
猛獣すら怯えてひれ伏してしまうのではないかと思えるくらいの鬼の形相を浮かべる仁の前に、優紀ちゃんが運んできたモンブランを差し出して言う。

「ままま、仁だってさ、このまま終わりになんかしたくないっしょ?」
「……。ちっ」

舌打ちした仁がドスンと乱暴に腰を下ろすのを全員で見届けると、ニマリと笑みを浮かべる蓮二と相変わらず無表情な深司、そして優紀ちゃんと顔を見合せた。

「…んじゃ、」

決定!





クスクス動画デビューする事を決定したところで我々は一時解散した。相変わらずあそこのケーキは美味い。
続く問題は、デビュー曲はどうするか、演奏風景を動画でアップするのか音だけか、そして一番の問題点が……。

「PCスキルがある奴がいない!」

動画編集なんて全くの初心者、いや、それどころか編集のへの字も知らないような機械オンチの私には100%ムリ。
最悪蓮二に頼む事になるだろうが、流石の彼でも専門外だろうし1から勉強してもらうのは難しすぎる。彼には他にも大事なものがあるのだ。

「……ま、なんとかなるか」
「何が?」
「うわっ」

小さく呟いた声にこたえが来るなどとは微塵も考えておらず、思わず驚きの声が漏れる。
何を見る訳でもなくつけていたテレビから目を外し声の聞こえた背後を振り向けば、そこには一匹の黒猫がちょこんと座っていた。

「……なんでその姿だよ」
「気に入っててさ〜。それに癒されるだろ?モフモフしてもいいんだぞっ」
「しねぇよ」

表情の乏しい猫の姿でテンションの高い話し方をされるとどうも違和感しかなく調子が狂う。
はぁと小さくため息をつき何気なく時計を見れば、どうやらもうすぐ夕食時だ。

「コンビニでもいって来ようかね」
「じゃあビーフジャーキーも頼むな!」
「へいへい」

黒の最近の好物はどうやらビーフジャーキーらしく、私が買い物に行く所に居合わせた時は必ず注文が入る。
黒というのは最近私がお兄さんにつけた名前だ。黒猫の黒。そのまんまだ。
そして黒は常にこの家にいる訳ではない。異世界管理?とかなんとかの本業はまあまあ忙しいらしく、実際ここにいない事の方が多いのだ。
だからほぼ一人暮らしの私にはこの家は少々大きすぎるため、正直管理は行き届いていない。…掃除とか。
もとより家事全般は得意とは言えない私だ。
洗濯はまだしも、掃除は疎かだし料理はほぼしない。食事はデリバリーかコンビニが多い。ま、それでも生きていけるんだからいいと思う。

「んじゃ行ってきまーす」
「いってら〜」

サイフと携帯だけポケットに突っ込んで、サンダルを履いて玄関を出た。
最近は夕方も結構蒸し暑い。夏が迫って来る感覚。まあ嫌いじゃない。

…そう、夏が近づいている。
この世界の目玉と言っても過言ではない季節、夏だ。
この長いようで短い季節の間に色々な事が起こる。

「……あ」

そういえばテニス部の大会もそろそろ始まる頃だろうか。
そのあたり詳しくは知らないが、きっと蓮二達も忙しくなってくるだろう。
そんなこんなと考えている間に徒歩10分程度の距離にあるコンビニにたどり着いた。
自動ドアをくぐれば店内に流れるBGMが耳に入った。あ、これ好きな曲。
店員の気の抜けたいらっしゃいませの声を聞き流し、買い物籠を取って雑誌コーナーへと向かう。
ここのコンビニはコミックや雑誌が充実していて私には嬉しい限りだ。
単行本の新刊も私が集めている物は粗方販売されるからわざわざ本屋に行かなくてもここで買える。しかもここのコミックはきちんと包装されている。これは嬉しい。

「お、あったあった」

毎週読んでる少年漫画雑誌の今週号を手に取り目次を確認。好きな漫画のページを記憶していく。少しよれた雑誌の重さが手にズシリとくる。

「おっ、新連載か」
「よっ」
「うおっ」

突然耳元で聞こえた声に驚き肩がはずむ。この声は…。

「…よう」

仁王雅治。
何故か突然友達になってからは、学校内で一緒にいる事が増えてきたように思う。思う、と言うか確実に増えた。
急にフラりと現れては昼食を共にしたり、休み時間を一緒に駄弁って潰したり。
しかし……。

「学校の外で会うのってあれ以来じゃん」

仁王が私に興味をもった?なついた?きっかけになった例の事件の日の事だ。

「……あの日の事は忘れんしゃい」
「ははは、そりゃあムリっしょ。で?仁王は何してんの」
「ストテニ帰りじゃ。アイスでも食おうかと……おまんは?」

仁王は左手のビニール袋を見せると私の右腕にさげてあるまだ空のままの籠を見て言った。

「私は晩御飯買いにきただけ」
「今日はコンビニ飯か?」
「……今日は、ってか……」

続けてモゴモゴと言葉を濁すと、眉をあげてほんの少し目を見開いた仁王が言った。

「……まさか、いつも?」
「……へへ」

へらりと笑い、スッと目を反らす。
仁王がジト目でこちらを見ているのが気配で分かった。
いやいや、メッチャ偏食そうなおまんにだけは言われたくないぜよ。

「まあ、生きてますし?」
「ダメじゃ。ダメダメじゃ」
「はい?」

仁王はそう言うと私の手から雑誌を抜き取り棚に戻した。
え、まだ読んでないっス。

「行くぞ」
「はい?」

そうして私は腕を引かれるままに仁王雅治の後をついていったのだ。





少しずつ、進んでいく
何やらおかしな事になってきたぞ?





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ひっ…ひええええええええ一体全体どれほどの時間をかけての更新なのかしら!?
しかもこんなに久々の更新にしてこの駄文です事よ……恐ろしい…!!



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