人間とは不思議な生き物で、異性と手を繋ぐだけでこんなにもドキドキするのだ。
ちらり、と目線を上げ隣で私のスピードに合わせ歩いてくれている財前くんを見る。

素直に綺麗な顔だと思った。確かにクラスの女の子がキャーキャー言ってた意味が分かる。
でも、私はどうして財前くんと手を繋ぎ、一緒に帰っているのだろう。

よく理解出来てないまま財前くんを見上げていると、「…あんま見んで」と言って空いている方の手で口を隠した。
外はすっかり暗くなっているというのに、街灯の小さな明かりだけでも耳まで真っ赤になってるのが分かる。
それを見たら私まで恥ずかしくなって、思わず俯いてしまう。

私の家へと向かう道は人通りが少ないから、私のローファーのかかとがアスファルトに当たる音がいやに耳につく。
普段、私が学校から帰る時もこの道に一人のことが多いけれど、こんなに音がするものだっけ。


「なぁ。苗字さん、いつもこの道一人で帰っとるん?」
「う、うん」
「そか。まぁ、この辺は新築ばっかやし、地元もんはほとんどおらんか」


財前くんはそう言うと納得するように一人で頷いた。
確かにこの辺は新築街だから他の地域からやって来た人も少なくない。
現に私の家のお隣さんも県外からやって来た家族なのだ。


「そう言えば苗字さんは神奈川から来たんやっけ?」
「そうだよ」
「中学はどこやったん?」
「立海大付属っていうところ。テニス強いから分かるかな?」


私が神奈川から転校してきたのは中3の時だ。
財前くんとはクラスが違ったし、ほとんど交流もなかったのによく覚えてたなぁ、と他人事のように思う。


「苗字さんは中学の時、彼氏おったん?」
「ううん。中学の時は部活に夢中だったから、恋愛事には全然興味なかったの」
「何部やったん?」
「吹奏楽だよ」
「苗字さんらしくてええな。可愛い」
「かわっ…!」


いきなりの言葉で思わず顔が火照るのが分かった。
一体、吹奏楽のどこが私らしくて可愛かったのだろう。
頭の中がぐるぐると回る。


「ざっ、財前くん!」
「ん?」
「あ、あそこうちだから!」


何だか甘ったるい雰囲気が流れているのが息苦しくて、まだ少し先の自分の家を指差す。
すると財前くんは「ええうちやなぁ」と言った。


「なぁ、お願いがあるんやけど」
「なっ、なにかな!」
「…や。また今後でええわ」


財前くんはそう言うと、繋がれた手をぎゅっと握ってきた。
それがまた恥ずかしくて、うまく呼吸が出来ない。

一歩、また一歩と歩けば少しずつ家に近づき、気付けば目の前には私の家があった。
すると財前くんの手がゆっくりと離れ、冷たい風が暖かい掌を冷やしていく。


「…こんな遠い所までありがとう。気をつけて帰ってね」
「おん。ありがとう」


そう言って玄関のドアを開けようと思ったけれど、財前くんが何か言いたそうな表情をしているのが気になる。
どうしたの?と聞けば、手首を掴まれたかと思ったらそのまま引っ張られ、体勢が崩れ、そのまま財前くんの腕に閉じ込められた。


「ざっ、財前くん…!」


財前くんの心臓の音がダイレクトに聞こえてくる。
どくんどくんどくん。それは普段よりきっと早いであろうスピードだ。

すると私を包んでいた腕がゆっくりと離れていった。


「じゃあ、おやすみ」
「お、おやすみ、」


そう言って財前くんが静かに歩きだして行ったのを見届ける。
頬に手を添える。顔が熱い、体も熱い。
自分の体が自分のものではなくなったような気分だ。


「…何がなんだかもう訳わかんない」


私がそう呟いた言葉は静かな住宅街に消えていった。

20121016