泣いとったね、苗字さん
そう言ったかと思うと、目の前の女はニヤリと笑った。

沸々と沸き出す怒り。
女に向かって言いたいことはたくさんあるが、今は名前を追いかけたい一心だった。


「二度と俺に近づくな」


自分でも驚くほどに低い声が出た。
その間にも名前の足音が小さくなっていく。

俺が走り出すと同時に女が何か言ったけど、今の俺の耳には入らんかった。
足は俺の方が速いとは言え、出だしが遅れれば追いかけるのは難しくなる。


「っ、名前」


俺の頭ん中は、大きな瞳に涙を浮かべた名前で埋め尽くされていた。
早く抱きしめてあげたいと思っとるのに、姿を見失ってしまった。

オレンジ色に染められた廊下には一つ、俺の影が伸びていた。

ふと、視線を上げると三階の廊下を走る名前の姿が見えた。
あの場所、あの階段。その場所に向かう場所はただ一つ。





呼吸の乱れが整う前に、屋上のドアを開けた。
そして聞こえた小さな嗚咽。
夕日に照らされながら、細く小さな肩を揺らしていた。


「名前、」
「、っ」


出来るだけ優しく名前を呼ぶ、
すると名前が突然立ちあがり、こっちへと歩いてきた。

目の前まで来た時に見えた瞳は真っ赤に染まり、とても痛々しかった。


「、ごめん」
「…ごめんじゃないよ、ばか、!」


ばか、ばか、ばか、
呪文のように何度も言いながら俺の胸をぽかぽかと叩く。
不謹慎やけど、俺のために泣いて、怒ってくれとるんやと思ったら少し嬉しかった。

低い位置にある頭に優しく触れると、濡れた瞳に俺が映る。
頬を流れる涙を親指で拭う。


「嫉妬、してくれたん?」
「、したよ!当たり前じゃん!好きなんだもん!」


俺を見上げ睨みつけながら大粒の涙を流し、声を上げて言ったその姿が愛しくてたまらない。
気付けば自分の方へと引き寄せ、名前の首元に顔を埋め、抱きしめていた。

名前の乱れた呼吸が俺の体にも伝わって来る。
ごめん、そう呟いたけれど聞こえてきたのは荒い呼吸だけだった。

20130502