呪文のように何度も何度も苗字さんの名前を唱えた。
自分の中で名前を呼ぶというのは一つの愛情表現だと思っとるから、そのひとつをクリア出来たというのは自分の中ではかなり大きい。

朝練が終わったら、しっかりと汗を拭いて、髪もちゃんと整え直して、制服にゴミがついてないか確認する。
気付けば知らんうちに鏡を持ち歩くのが、当たり前のことになっとった。

少しでも苗字さん…いや、名前、に格好いいって思って欲しいと思うんは当たり前のことや。

教室に向かう為に先輩等とだらだら歩いとったら、目の前に愛しい人の姿があった。
周りには他にも女子がおるのに、一人だけ周りに花が舞っとるように見えるのはだいぶ重症なのかもしれん。

その時、ばちり、と目が合った。
すると、へにゃり、と可愛い笑顔を見せるから、どくん、と胸が跳ねる。


「お、おはよう、名前」


本人を目の前にして初めて呼んだ名前。
自分でも声が震えとるのが分かるぐらい、緊張しとった。


「おはよう、光」


…あかん。可愛すぎる。
お互いに言えることやけど、まだ慣れてへんからはにかみながら言うその表情に、きゅん、と胸が鳴る。

せっかく良い雰囲気になっとるのに、名前に手を振りながら「おお、こないだ部活に来とった子やん!あん時も思ったけど、やっぱかわええなぁ!」と謙也先輩が騒ぐから、全てがぶち壊された。


「なぁ、財前やめて俺にせん?」
「え?」
「絶対俺の方が、いででで!」


変なことを言う謙也先輩の髪の毛を思いっきり引っ張れば、目に涙を浮かべた。
俺の彼女にきしょいことを言った罰や。

そんな俺らを見て、名前はくすくすと笑いながら「仲良いんですね」と言った。
謙也先輩にイラついとったのに、名前の笑顔を見たらこれでもええかな、と不思議と思えた。

改めて、俺は名前が中心の世界に住んどるんやと感じた。

20130426