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確かに、梵天丸くんは治ったのだと、完治したのだとこの耳で聞いたのだ。
それなのに、部屋の襖越しに聞こえる梵天丸くんの声は、今まで聞いた事無い位にか細く、震えていた。


「ぼんてんまるくん、ようたいはどう?」


そう聞いても返事は無い。
本当はこの目で梵天丸くんと会いたいのに、奥方様が、姉が、兄が、梵天丸くんが駄目だというのだ。
それが何故なのか私には分からないから、戸惑う事しか出来ないのである。


「…ぼんてんまるく、」
「かえって!」


静かな城の中に梵天丸くんの怒鳴り声が響いた。思わず息を飲む。
私は何かしてしまったのだろうか。癇に障ることをしてしまったのだろうか。
そう思うと喉が固まってしまったように、声が出なかった。


「…ぼくはもう、名前にあうことはできない」
「なん、で?」
「だって…だって…!」


そう聞こえたかと思うと嗚咽のような声が静かに響いた。
梵天丸くんは泣いているのだろうか。何で泣いているんだろうか。

私はその涙を拭ってあげることも出来ないのだろうか。


「もう、ねつはないの?」
「…ない」
「そう」


その返事を返した後、息を吸う時間も開けず勢い良く襖を開ける。
すると布団の中で団子虫のように丸まっている梵天丸くんの体が大きく震えた。


「なんではいってくるの!でてって!」
「ねつないんだったらいいでしょう!」


梵天丸くんが押さえこむ布団を、私は無理矢理引っ張る。
兄が来たらきっと私は部屋から追い出されてしまう。
だから、用事で席を外している今がチャンスなのだ。


「やーだー!」
「やだじゃない!かおぐらいみせてよ!」


そう言うと梵天丸くんの力が一瞬緩み、その隙に思いっきり布団を引っ張る。
するとやっぱり体を丸めている梵天丸くんがいた。

小さな体が小刻みに震えている。
高熱が出て完治した今、一体何に怯えて私と顔を合わせてくれないのだろうか。

梵天丸くんの背中に優しく触れると、体が大きく震えた。


「ねぇ、どうしたの?おなかいたいの?」
「…ちがう」
「じゃあなんで?」
「…めが」
「め?」


みぎめが、ひかりをうつさなくなったんだ

小さく、小さくだけれど、確かに梵天丸くんはそう言った。
するとさっきまで隠すように抱え込まれていた顔が、ゆっくりと私の方を見上げた。

爪の傷痕、涙の欠片
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