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久しぶりの乗馬はお尻が痛かった。
目線を上げれば兄は下唇を噛み、苦々しい表情をしていた。

当たり前だ。
自分の主が床に伏すだなんて、この時代きっと大事件だろう。
ましてや医療も発達してない。
どんなに些細な病気でも命に関わるのだから。


「名前、先に行け」
「はい」


門を抜け、城の入り口まで辿り着くと兄は私を馬から降ろした。
そして私は一目散に城の中を駆けて行く。
次に会うときは、私が一人前の女中になって笑顔で仲直りしよう。
そう思っていたのに、一体これはどういうことなのだ。

小さい体ではどんなに走っても走っても全然前に進んでいないような気がする。
しかも着物だから余計に走りにくい。
部屋に着いた時には息が荒れ、額に汗が流れていた。
でもそんなことも気にならず、私は梵天丸くんの部屋の襖を開けた。


「、名前ちゃん…」
「おくがたさまっ…ぼんてんまるくんはっ、!」


部屋の中には奥方様と姉がいて、二人が囲むようにして真っ白な布団が引いてあった。奥方様の影から少しだけ見える黒い髪の毛。
どくん、どくんと心臓が嫌な音を立てるのが分かった。

礼儀がないことなんて自分が一番理解している。
それでも私はバタバタと部屋に入り込み、布団の横に座りこんだ。


「…ぼんてんまるくん」


そこには顔を白くし、額から汗を流し、苦しそうにしている梵天丸くんがいた。
頬に触れようとしたら、横から奥方様の手が伸びてきて私の手を掴んだ。


「…なにのびょうきかは、わかっているのですか?」
「、分からないの」
「そう、ですか」


ちらりと盗み見た奥方様の瞳には涙が浮かんでいた。
私よりも奥方様の方が何倍も辛いのだ。
これ以上、無闇矢鱈に問うことなんて出来ない。

その時、さっきまで固く閉じられていた梵天丸くんの瞳が薄らと開いた。
そして「…、名前」と小さく私の名前を呼んだ。


「名前…、ごめんね、」
「ぼんてんまるくん、」
「…っぼく、ほんとうは、名前のことっ、だいすきだよ…」


そう言って、梵天丸くんの綺麗な瞳から涙が零れおちた。
それを見た途端、急に私の視界も滲んでいった。


「っ、はやくげんきになって、またいっしょにあそぼうよっ!」
「…うん、」
「わたしのこと、せいしつにしてくれるんでしょ!」
「うんっ、…名前のために、はやくげんきになる、ね」


梵天丸くんはそう言うと、ゆっくりと私の手を握ったかと思えば「、きたない、て」なんて言ってゆるりと微笑んだ。

瞼の重みと霞む本能
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