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あれからどれだけの時間を過ごしてきただろう。
いや、どれだけだなんて大袈裟すぎる。たった数日しか経ってないのに、もう何年も出会ってないような気がするのだ。

慣れない作業にたくさんの水仕事のせいで荒れてしまった手。赤切れが痛い。
でも心はもっと痛い。桶に手を入れると、刺すように冷たい水のせいで涙が出そうになる。


「名前、廊下の雑巾掛け終わった?」
「はい!いまおわりました!」
「うん、綺麗。じゃあ次は庭の草取りをよろしく」
「わかりました!」


ぼんやりとしていた頭の中に聞こえたのは、この屋敷に来てから私の教育係をしてくれている先輩の声。
先輩は一通り廊下を見てからにこりと笑った。

兄に連れて来られたのは交流のある大名の屋敷だった。
ここで何年も働き、立派になってから梵天丸くんの家に行くらしい。
だから私は少しでも早く一人前になる為に出来る限りの努力をすることにした。
何年もこんな所にいたら梵天丸くんとの溝がさらに深まってしまう。


「っ、おもっ」


大きな桶に入った水の量は多くないけれど、私の小さな体には辛すぎる。
歩く度に揺れる水がちゃぽちゃぽと鳴る。

数分歩き、必死の思いで汚れた水を指定の場所に流す。
それからいつしか真っ黒になってしまった雑巾を洗い、たくさんの雑巾が掛かっている竿に並べるようにして干す。桶は水がはけるように壁に立てかけておく。
それから竹で出来たちりとりを持ち、庭へと急いだ。


茎からちぎれないように、下の方を持ち根っこから引き抜く。
大人じゃ入れない狭い場所は、こうして私のような子供が草取りをすることになっているのだけど、何分木の陰だったり岩の隙間だったりするから気持ち悪い生き物が出て来るのが難点だ。
それに比べたら爪の間に入り込んだ泥なんて可愛いものである。

その時だった。
屋敷の中が急に騒がしくなったかと思えば「名前!名前!」と私を呼ぶ声が至る所から聞こえるようになった。
何だろう、そう思いながら泥で汚れた手を前掛けで拭いながら返事をする。


「名前!やっと見つけた!」
「どうされましたか?わたしがなにか、もんだいでも…」
「違うわ!」
「じゃあ、」


私を見つけた先輩が慌てて駆け寄って来たかと思えば、私を抱え上げ廊下へと立たせると空色の綺麗な羽織りを肩にかけた。
かと思えば大きな声で私の名前を呼ぶ、聞き慣れた低い声が聞こえた。
振り返るとそこには久しぶりに見た兄の姿。
額からは汗を流し、肩で息をしている。これはただ事ではない。


「にいさま、どうされたのですか?」
「梵天丸様が病気で床に伏せられた」
「…え?」
「許可は頂いた。今から梵天丸様の元へ行く」


兄はそう言うが早く、私を脇に挟んだかと思えば馬にも負けないスピードで廊下を走った。
私と言えば、上下に揺れる世界で兄の言ったことに頭が付いていかず、ただぼんやりと流れていく世界を見つめていた。

繋いで消えて叩かれて
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