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今日ばかりは、綺麗な着物を着るのも、馬に乗るのも、梵天丸くんに会うのも凄く嫌だった。
馬に揺られ、背中に兄の体温を感じる。馬が一歩歩くたびに梵天丸くんのお城が近くなっていく。


「名前、今日は精一杯楽しめ」
「、うん」


兄に背中を向けているからどんな表情をしてるかは分からないけれど、きっと鋭い眉を少しだけ下げて、歪んだ表情をしているに違いない。
何故か分からないけれど、そう思ったのだ。

城へ付き、馬から降ろしてもらおうと兄に手を伸ばした時だった。
「名前!」私の名前を呼ぶ声が聞こえたかと思えば、梵天丸くんがこちらへと走って来ていた。


「ほら、行け」


兄はそういうと早々と私を馬から降ろし、背中をぽんっと叩いた。
私は一度、兄に向かってニカリと笑ってから、梵天丸くんへ向かい走りだした。


「とう!」
「わぁ!」


走った勢いのまま梵天丸くんに抱きつけば、小さな体はぐらりと揺れたけれどしっかりと私を抱きとめてくれた。


「ぼく、名前にみせたいものがあるんだ!」
「なになに?」
「こっち!」


梵天丸くんはそう言うと私の手を握り締め、どこかへと走りだした。
私はそれに引っ張られるように付いて行き、「お待ちください!」と兄の声が背中にぶつかった。

走ったのはほんの数分だったけれど、小さい体には辛く息が切れる。
梵天丸くんも肩を大きく揺らしていた。連れてこられたのは木に囲まれた場所。
日も当たらず薄暗い。なんとも不気味だと思った。


「ねぇ、ここになにがあるの?」
「みてて!」


八重歯を見せて悪戯っ子のように笑うと、高く背が伸びた草を掻き分けた。
すると目の前には色鮮やかな花々が一面に広がり、思わず呼吸が止まる。


「このあいだ、ちちうえとさんぽしたときに、みつけたんだ!」
「きれい…」
「ぜったいに名前にみせてあげようって、おもってたんだよ!」


梵天丸くんはそう言うとまた私の手を掴み、今度は花畑へ向かい歩いた。円を描くように一部だけ日が当たり、その場所だけに花が咲いている。
昔見た本にこんな一場面があったような気がする。
近づく度に花の甘ったるい香りが鼻を貫く。


「ほら!名前のすきな、そらいろのはなもあるよ!」
「わ、ほんとうだ!」


ぷちり、梵天丸くんは青色をした花を折ると、それを頭の上で揺れている簪に器用に結びつけた。
「うん、かわいい!」そう言って、私の頭を撫ぜた。


「ぼくも、そらのいろすき」
「そうなの?」
「うん。だって、名前のすきないろだもん」


梵天丸くんはそう言うと照れくさそうに笑い、しゃがみ込んでしまった。
私と言えば、その言葉に少しだけキュンとしてしまったことは、内緒にしておこう。
そして、梵天丸くんに付き添うように私もしゃがみ、目の前に広がる花を指で突く。


「あのね、ぼんてんまるくん」
「なに?」
「わたし、きょうでぼんてんまるくんとあそぶの、さいごなの」


私がそう言えば、梵天丸くんの手に握られていた花が地面へとひらひら落ちていった。
そして大きな目がゆっくりと私を見た。


「な、んで?」
「りっぱになって、ぼんてんまるくんにおつかえするためだよ」
「っ、でも、なんであそんじゃだめなの?」
「あそんじゃったら、りっぱになれないもん」


言葉を発すれば発するほど、梵天丸くんの瞳はゆらゆら揺れ、滲んでいく。
そして、ぽたり、と綺麗な涙が着物へと落ちていった。


「 っ、もん」
「え?」
「名前はぼくのせいしつになるんだ!つかえるなんて、いうな!」
「ぼんてんまるくんっ!」


声を荒げたかと思えば、梵天丸くんはその場を立ち、走り去ってしまった。
そしてどこからか兄が梵天丸くんを引き止める声が聞こえ、私はただ呆然とその様子を見ていた。

ひび割れた鏡像
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