自分を責めても、過去は何も変わらない。頭では理解しているのに、心のどこかではまだ現実が受け止めれていない。目を瞑り朝が来れば、いつものように隣に彼がいるのではないかと思ってしまう。けれど結局は私の願望で終わり、隣には眠る前と形の変わらない枕が一つ。恐る恐る触れてみれば、そこには温もりを感じることが出来なかった。 ゆっくりと涙が頬を伝う。喘ぎそうになる口を抑え、私は冷たい枕に顔を伏せた。途端にふわりと感じる優しい香り。ほんの数時間前まで、私を抱きしめて愛を囁いてくれていたのに。思えば思うほど、酷く胸が締め付けられる。 もしあの場で私がもっと早く気づいていれば。もしあの場で私がもっと早く呪文を唱えていれば。あの瞬間のことを思い出せば、とめどなく涙が溢れ落ちる。彼は私の涙が嫌いだと言い、骨ばった指で流れる涙をぬぐってくれていた。けれど、それに触れてくれる人はもう、傍にいない。 その時、控えめにドアのノックする音が聞こえた。けれどそれは物音一つしない部屋には十分すぎる程に響く。慌てて涙をぬぐい返事をすれば、ゆっくりとドアが開く。遠慮がちに顔を覗かせたのはハリーだった。彼の目元も少し赤く腫れていた。 「…名前、おはよう」 「おはよ、ハリー」 「あの、今、ちょっといいかな、」 服の裾を伸ばし、ためらいがちに言う。きっと彼もまだ頭の中が整理しきれていないのだろう。挙動不審に目線をあちらこちらに向けている。私はベッドから降りて、チェアにかけていたカーディガンを肩に掛ける。ゆっくりとハリーの目の前にいけば、緑色の綺麗な瞳に私を映していた。 「どうぞ」 半開きのドアを開く。するとハリーはおずおずと部屋に入る。初めて彼に出会った時は私の方が背が高かったのに、あっという間に追い越されていた。子どもの成長は驚くほどに早い。もしかしたらそろそろジェームズも追い越されるのではないだろうかと思いながら、私はハリーをソファーに座らせた。 「紅茶でいいかしら」 「あ、うん」 落ち着きなく指を絡ませている。ハリーがどれほどまでに彼のことを慕っていたか知っている分、心が痛む。彼と対面になるようにソファーに座り、杖を振り紅茶とクッキーを出す。白い煙がゆらゆらと滲み、ゆっくりと空気に交って消える。 「名前、あの、僕、」 「ハリー。貴方が気に病むことじゃないわ」 「っ、でもシリウスは僕のせいで、!」 「ハリー」 身を乗り出し声を荒げたハリーを制止させるように、彼の名前を強く呼べば「、ごめん」そう言い目線を下げた。そんな彼を見ながら、私はティーカップに口を付ける。冷えた体がゆっくりと暖まっていく。 「彼は──シリウスは貴方を守ったの。それなのに、そんなに自分を責めたらシリウスが怒るわよ」 「でも…名前、」 「だから、泣かないで」 綺麗な瞳から流れる涙を指ですくう。見れば見るほどジェームズに瓜二つだけれど、瞳はリリーのものを移したかのよう。彼らの面影を残し、額には親友の愛を刻んでいる。そんなハリーは私にとっても息子のような存在だ。 「ねぇ、ハリーにお願いがあるの」 「…お願い?」 「ええ。この子の名づけ親になって欲しいの」 ほんのりと膨らんだお腹を優しく撫でながら言う。すると、涙でいっぱいだった瞳が大きく開かれる。濡れた頬を乱暴に服の袖で拭う。「僕で、いいの?」震えた声で言い、私はその言葉にゆっくりと頷く。 「貴方はシリウスにいっぱい愛してもらっているんですもの。──私が嫉妬しちゃうくらいにね」 少しだけ不機嫌さを出して言えば、ハリーは目じりを下げて笑った。その時、くるり、お腹の中で愛しい子が動いた。胎動を感じたのは今、この瞬間が初めてで驚いて思わず声を上げてしまう。 「…お腹、触ってもいいかな」 「もちろんよ。この子は貴方の兄弟同然なんだから」 恐る恐る、ハリーの腕が伸ばされやんわりとお腹に触れた。その瞬間、またお腹の子が動いた。するとハリーは顔をこれでもかと言う位に綻ばせ、ふにゃりとした笑顔を見せる。その表情は、血が繋がっていないはずのシリウスとそっくりで思わず私まで笑みがこぼれた。 20130518 企画サイト「僕の知らない世界で」様へ提出 |