この気味の悪い世界に迷い込んだ原因はメアリーだとギャリーから告げられた時、自然と納得が出来た。今振り返れば、メアリーは最初から全ておかしかったのだ。やけにイヴと私にくっつき「私、ずっとお姉ちゃんが欲しかったの」だとか「私たち、ずっと一緒だよね」必要以上にそう言って来たのだ。その時は、ここにいるのが怖いから、そう思っていた。

目の前で奇声を上げながら真っ赤な炎に包まれる小さな体。数時間前まで一緒にいたメアリーの体が燃えると同時に灰になっていく。彼女がゲルテナの描いた絵である証拠だ。小刻みに震えるイヴの体を強く抱きしめる。私なんかよりイヴの方が何倍も怖いはずだ。大丈夫、大丈夫と何度もイヴに囁く。


「…終わったのね」


ギャリーの声が静かに響いた。目の前に広がるのは紙の燃えカス。メアリーが絵であった動かぬ証拠だ。イヴを抱きしめていた腕を緩めると、赤い大きな瞳が私を見上げる。胸辺りまでしかない頭を優しく撫でれば、イヴの瞳が細まる。すると、ぽん、と私の頭に軽く何かが乗った。見上げるとギャリーが哀しそうな笑みで私を見ていた。


「さぁ、行きましょう」
「うん。イヴ、大丈夫?」
「大丈夫。…だけど、手、繋いで」


消えるような声で告げたイヴの小さな手を強く握ってあげる。その手は小刻みに震えていた。小さな体に鞭を打ちながらここまで来たのだ。一回も泣き言も言わずに。怖かっただろう。でも、それももう終わりなのだ。

さっきまでの事が嘘のように、静寂に包まれている。私のヒールの音だけが響く。大人の私とギャリーはイヴの歩幅に合わせてゆっくりと歩く。ゆっくりゆっくり歩いていると見えた大きな絵。そこに描かれていたのは、私たちの戻るべき世界だ。

まずはギャリーが深めの枠に乗る。イヴは小さいから一人で登れない。抱っこをしてあげてギャリーに渡した時、ワンピースの裾がきゅ、と引っ張られた。何かと思い振り返れば、そこには金色の髪の毛。


「メア、リー…」
「私を置いて行っちゃうの?」
「あなたさっき焼けたはずじゃ…!」


ギャリーが叫ぶ。私はただ、自分を見上げてくるメアリーを見つめることしか出来なかった。イヴが完全にギャリーに渡った後、「ほら、貴方も早く!」ギャリーの声が響く。けれど、私はその場から動けない。


「わたし、一人じゃ寂しいの…」
「…メアリー」
「騙されちゃダメよ!ほら、早く!」


ギャリーが強く私の二の腕を掴んだ。その事によって踵が少し持ち上がる。メアリーはまだ私を見ている。私はギャリーの手を優しく離す。すると戸惑うように私の名前を呼んだ。


「ごめん、ギャリー。私、行けない」
「な…に、」
「イヴも。ごめんね」
「なんで!一緒に帰るって約束したじゃん!」


イヴが泣き叫ぶ中、私はしゃがみ込みメアリーと目を合わせる。綺麗な青い瞳の中に私が映っている。確かにメアリーはゲルテナが生み出した絵かもしれない。でも実際、今目の前で生きているのだ。

私はイヴを抱きかかえたままのギャリーを両手で思いっきり押す。ぐらりとギャリーの体が絵へと落ちていく。私へと腕をいっぱいに伸ばしたギャリーの手を掴むことなく、その姿を見る。

最後に見えたのはイヴとギャリーの泣き顔。落ちる瞬間、ギャリーは私に向かい何か言っていたけれど、残念ながら私に伝わることはなかった。この空間には私とメアリーだけ。小さな手が私の手を強く握った。


「これから、ずっとずっと一緒だね!」


嬉しそうに言ったメアリーの声に、私はただ頷くだけ。二人が消えた絵をただ見つめる。きっとこれで良かったのだと、私は自分に言い聞かせた。

20130221
企画サイト「僕の知らない世界で」様へ提出