最初は錯覚かと思った。お風呂から上がって、ベッドの上でのんびりと本を読んでいたら、ふと感じた視線。私は忍ではないから鋭い察知能力はない。けれど、これは確かに私を見ている。

怖い。普通の神経をした人間ならそう思うのだろうけれど、私はこの感覚に覚えがある。けれど、この視線を向けてくれる人は…。そう思うのに、体にこびり付いた無意識の動きで、私はゆっくりと目線を窓際へと向けた。

窓は閉めたはずなのに、お気に入りのカーテンが風に煽られ揺れている。そして月の光に照らされてカーテンに映り込むシルエット。それを見て思わず息を飲む。すると、くっくっくと必死で笑いを堪えたような声が聞こえた。

体を動かすと、ギシリ、ベッドが鳴った。ギシリ、ギシリ。私はカーテンの裾を掴み、ゆっくりとカーテンの向こう側にいる人物を映し出していく。ゆっくりゆっくりと開く度に見えてくる姿。ああ、間違いない。彼だ。そう思うと指が震えてカーテンが上手く掴めない。


「全く、お前は相変わらず鈍いな。うん」


低く響く声。昔は嫌というほどに聞いていたのに、ここ数年、耳に響く事のなかった声。いきなりカーテンが開けられたかと思うと、そのまま勢い良く抱きつかれた。暗闇に映える金色の髪の毛。そしてあの頃と変わらない、少し泥混じりの甘い香り。

脳内が彼だと断定したかと思うと、視界が滲み涙が溢れた。私の背中に回された手と同じように、私も彼の背中に手を回す。本当は言いたいことがたくさんあるのに、涙に邪魔されて言葉が出てこない。しゃくり上げている私を見て、彼は体を離したかと思うと、綺麗な指で私の頬を抓った。


「泣き虫なのも変わってないのか。うん」
「だ、だって…もうニ度と会えないって、おも、ってたからっ」
「出ていく時また会いに来るって言ったろ」
「…そう、だけどっ、」


猫のような青い瞳に私の泣き顔が映し出されていた。確かに目の前にいるのは彼だ。間違いない。ただ彼に会いた過ぎて見てしまった夢なのはないかと思うけれど、私の頭を優しく撫でてくれる感覚がするからこれは夢ではないのだ。


「今日も仕事頑張ってたな。うん」
「見てたの?」
「ばっちりとな」
「…えっち」
「しょうがねぇだろ。昼間は無闇に動けねぇし、ただでさえこの里だと顔割れてるし。うん」


綺麗に整えられた眉を歪ませながら言う。気持ちがすぐに表情に出る、子どもっぽいところは変わっていないようだ。それが嬉しくて、あの頃より伸びた綺麗な髪の毛に触れる。


「けど、男に花を貰うのは気に入らねえな。うん」
「でも、あれは毎日お仕事頑張ってるからって」
「そんなもん言い訳に決まってんだろ」


そう言ったと同時に、私はベッドに沈んでいた。目の前には彼の顔。よく見たらあの頃よりも幾分か大人になっていた。離れている数年間で一体彼はどれだけの経験をしてきたのだろう。一般人の私では考えられないことをたくさん遣り遂げたのだろうか。

風の噂で聞く、暁のこと。デイダラのこと。どこで何をしているのか分からないから、毎日心配で心配で仕方なかった。里を抜ける時、「また会いに来るから浮気すんなよ」なんて言って去って言ったけれど、その台詞は彼に言ってやりたかった。


「本当はもっと早い内に会いに来たかったんだけど…。いろいろあって遅くなっちまった。すまない。うん」
「…ううん。来てくれただけで嬉しい」


ゆっくりと触れた頬はとても暖かかった。ああ、彼が目の前にいる。改めてそう思わせてくれた。するとゆっくりと彼の綺麗な顔が近づいて来て、優しく唇が口の端に触れた。酷く久しぶりだったせいか、月の光だけでも分かる位に彼の顔は真っ赤にそまっていた。


「…笑うなよ。うん」
「ふふふ。なんだか可愛いなぁ、って」


そう言ったのが癇に障ったのか、今度は首元に噛みついてきた。痛い。そう思ったけれど、この感覚が懐かしく、愛しくて仕方ない。あの頃は強がりばかり言っていたけれど、本当は寂しくて、悲しくて死んでしまうかと思ったのだ。


「好きだ。愛してる」


彼の声が耳元で響いた。それは震えていて、まるで涙を堪えているように感じた。そんなに辛いなら里を出て行って欲しくなかった。ずっと一緒にいて欲しかった。でも、彼は彼なりの考えがある。私の我儘で彼の人生を壊したくない。

私はシーツへと流れた綺麗な髪の毛に触れる。変わったのは少し大人になった見た目だけで、あとは何も変わっていない。私は以前、彼が好きだと言ってくれた笑みを零し、ゆっくりと唇に触れた。

20130201
企画サイト「the end 」様へ提出