テメーは相変わらず鈍臭いな
クロセルはそう言うと大きなため息をついた。私は今さっきの戦いで傷付いた腕を見た。どろりどろりと真っ赤な血が流れ出し、服を赤く染めていく。それを見た王女様が小さな悲鳴を零した後、慌てて治癒呪文を唱えてくださった。


「王女様、お手を煩わしてしまい申し訳ありません」
「何を言っているのです。名前、貴女は大切な仲間なのですから当たり前です」
「ほんとほんと。なーんでこんな奴が対センティネル部隊にいるんだかねぇ」
「クロセル!テメェ!」
「…ジュト、クロセルの言う通りだから」
「っ、でも!」


私なんかの為に怒りを露わにしてくれるジュトの優しさが痛いほどに心に染みた。クロセルは何も言わない。けれどその表情には私に対する苛立ちが込められていた。傍で何も言わず、静かに私達を見ていたアルゴのふさふさの身体にしがみつけば、大きな手が優しく私の頭を撫でてくれた。

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はぁ、と大きなため息をつき、ベッドへダイブする。対センティネル部隊に入ってからというもの、私に対するクロセルの風当たりがきつくなった気がする。以前はあんなのじゃなかった。内戦で故郷を失い、ただ一人生き残りであった私を王女様は優しく手を差し伸べてくださった。

本当であれば民間人として生きるはずだった。けれど私は錬換術師だったのだ。それでも王女様は私に戦には出るなと言っておられた。そんな優しい王女様の気持ちを断り、自分から戦力になりたいと志願したのだ。

へえ、お前みたいなひょろい奴が火の錬換術師ねぇ。クロセルはそう言って私を見た。王女様は同じ火の遣いであるクロセルを私の師匠に迎えてくださった。初めてクロセルに出会った時、なんて端正な顔立ちなのだろうと思った。だが、そんなときめきは口の悪さで一瞬にして消え去った。

それでもクロセルは優しかった。いや、優しいというのは語弊があるかもしれない。修行に対してはとても厳しく、枕を濡らす日もあった。けれど、上手くいけば必ず褒めてくれるし、慣れない修行で精神的にまいっている私のケアもしてくれた。本当はとても優しいのだ。


「気分転換しに行こう」


いつまでもうじうじしていたって駄目だ。明日にはまた長期で戦地に行くのに、こんな気持ちでいたら今度は怪我だけではすまないだろう。重い身体を動かし、静かに部屋を出た。

夜の空気は澄んでいてとても気持ちいい。大きな木の下にある、ベンチに座る。ぼんやりと満月を見る。故郷が火の海に変わったのも、今日みたいな綺麗な満月の日だった。静かでいつもと変わらない夜。目を瞑れば思い出すあの日の事。敵に向かっていく父。私を逃がす為に自ら命を捨てた母。血飛沫を上げる兄弟たち。

大好きな村の人たちを殺した火は嫌いだ。けれど今の私はこの火で人の命を救うことが出来る。もう私のような苦しい思いをする人を無くしたい。そう思うのに私はまだまだ未熟で敵を倒すのに精一杯で、助けることまでに意識が回らない。

クロセルの言う通り、私は対センティネル部隊を抜けるべきなのだろう。後から入隊したジュトの方が私の何倍も活躍しているのだ。今日何度目か分からない大きなため息を付く。


「おい」
「…クロセル」


棘のある声だった。もう確認しなくたって誰か分かる。視線を動かすと、そこにはやはりクロセルがいた。手を組み、私を睨みつける。あぁ、私はまた何か言われるのだろうか。ゆっくりクロセルが私の目の前に来た。


「お前、今日自分が何したのか分かってるか?」
「何って…」
「一人で強い敵に向かって行って、怪我して、王女様に治してもらって恥ずかしくねぇの?」


皮肉を込めた言い方だった。けれど、それに対して言い返す事は出来ない。それは全て真実なのだから。黙ったままの私を見て、クロセルは大きくため息を付く。


「…仲間って何の為にいるのか知ってるか?」
「協力し合う、ため」
「あぁ、そうだ。なのにお前はその仲間を頼らない。それがどういう事か分かってんのか?」


思わず息を飲む。そうだ、みんな仲間なのだ。なのに私は一体何をしていたのだろう。ただ実力を認めて欲しくて、一人で突っ走っていた。ただでさえ実力が無いという事にコンプレックスがあるのに、ジュトが来た事によって、私が退団する理由が出来たのだ。だから、不安だったのだ。

涙が溢れた。みんなの優しさを私は跳ねのけていたのだ。すると隣にクロセルが腰かけたかと思えば、私の頭を撫でてくれた。


「…分かりゃいいんだよ」


今まで聞いた事のないぐらい、優しい声だった。ゆっくりとクロセルに目線を移せば、猫のような目を開いた後、顔を真っ赤に染め慌て、頭から手を離した。

20130115