孫市様は大変お優しい方だ。戦で住んでいた場所を失い、両親を流行りの病で亡くし、どうしていいか分からず途方に暮れ、森で野垂れ死にそうになっていた私を助けて下さったのだ。

正直、あの時なぜ私を助けて下さったのか未だに分からず終いだ。私が戦力になるかと言えば答えは否定のものしか出せないし、教養も無くい。全くと言っていい程に役に立たない私を孫市様は寵愛して下さっているのである。

城におられる時は一時も離す事無くお傍に置いて下さり、私のくだらない戯言にも付き合って下さる。そして必ず甘味を出して下さり、美しい庭園が見える縁側でゆったりとした時間を過ごすのである。

私の部屋は孫市様から頂いた色鮮やかな着物で埋め尽くされている。どれも以前の私であれば、生涯目に入れる事も出来なかったであろう高級品ばかりだ。孫市様が城下におりる度に買って来て下さるから、その都度申し訳なく感じ、やんわりと遠慮をした事がある。その時に孫市様は一度目を大きく開かれたかと思えば、眉間に皺を寄せ「私がお前に勝手に買い与えているだけだ」と言われたことがあった。


以前、孫市様の許可無く城を抜けたことがある。見た事の無い風景に胸をときめかせ、足は自然と進んで行き、気付けば真っ暗な森へ迷い込んでいた。どこを見ても木々に覆われ、日は落ち暗くなっていった。歩けば歩くほど迷い込み、足は葉や枝で切れ白色の足袋は所々赤く染まっていた。

これは罰なのだと思った。共に汗水を流しながら畑を育てて来た仲間達は戦に巻き込まれ死に、両親もこの世を去ったというのに、私だけのうのうと優雅に暮らしているのだ。孫市様にいただいた綺麗な着物もほつれてしまっている。空では烏が鳴いている。嗚呼、私も皆の元へと逝くのだと感じ、諦め目を閉じた。

その時だった。枝や葉が踏まれる音が響き始めた。盗賊だろうか。なら尚更、私は確実にこの世を去る事になるのだ。決して長くはない人生だったけれど、最後は誰よりも幸せに暮らしたのだ。もう悔いは無い。木に背を預け、地面にへたり込む。きっとこの綺麗な着物は売りに出されるのだろう。そう思うと笑いが零れた。


「っ、やっと見つけた…!」
「、まご、いちさま」
「良かった…!」


盗賊だと思っていた足音は孫市様だったのだ。孫市様が私を助けに来て下さったのだ。驚き呆然としていると孫市様が地面に膝を付き、私を強く強く抱きしめて下さった。私のような小娘に目を掛けて下さっている事自体が奇跡のようなものなのに、何故ここまでしてくださるのだろうか。

どんなに疑問に思ったって、それを孫市様に問う事は出来なかった。ここで私が聞いてしまったら、もうお傍にいれなくなってしまうような気がしたからだ。何故かは分からない。けれど、そう思ったのだ。

空に陽が昇り切った頃、私は執務を終えた孫市様に連れられ城を出た。到着した場所は、言葉では表せれない位に眩しく輝いていた。「お前は海を見たがっていただろう?」孫市様はそう言うと、私の頭を優しく撫でてくださった。


「海とはこんなに素敵なものなのですね」
「あぁ」


初めて見た海は、それはそれは幻想的であった。あの水の深くに魚が泳ぎ、暮らしている。とても不思議な感じがする。すると肩に孫市様の腕が回り、驚いて顔を見上げれば、とてもお優しい笑顔で私を見つめていた。


「私はお前を見た瞬間から、酷く心を奪われた」
「え?」
「この気持ちに名前をつけようとは思わない。けれど、命を売ってでもお前を守りたい。そう思うんだ」
「孫市様…」
「いいか?」
「、ありがたき幸せです」


どくん、と跳ねた心臓。あぁ、この気持ちは幼い頃に体験したあれに酷く似ている。唇を噛む。これはもう、命の恩人という意味での好きなんかじゃない。大好きなんかじゃない。そんな言葉で言い表せれない感情だ。私は孫市様をお慕いしているのだ。

20121214
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