噎せ返るような匂いにも、どろっとした感触にも慣れているはずなのに、自分のものだと思ったら何故こんなにも気持ち悪く感じるのだろう。

指の間から止めどなく滴り落ちる真っ赤な血液。
わき腹は想像以上に切れているようで、立とうと思うのに目の前はぐらつき、眩暈がする。

それでも、私は立たなければならない。

目の前で倒れる私の主。
私が十の年を向かえた日、私の一生を、人生を、命を懸けて守ると誓った主が、体中からどす黒い血を流し、息絶えている。

その顔には血と共に、息を引き取る寸前、私の手を握りながら流した涙の後が痛々しく残っている。


─契約を破棄する
─名前、お前は自由に生きろ


主はそう言い、今まで見せたことの無いような優しい笑顔をし、目を瞑った。

悔しかった。
主に認められた忍でありながら、この戦場で主を守ることが出来なかった。

酷く痛むわき腹を庇いながら、ゆっくりと地に立つ。
そして目の前に立つ、奴を睨みつける。


「…私、貴方のことをこんなにも憎く感じたのは初めてよ」


ねぇ、小太郎
厭味を含めた口調で言っても、小太郎はただ私を見ているだけだった。

仕方ない。彼は本当の忍なのだ。
私みたいに簡単に心が揺らぐような弱者ではないのだ。


「長年愛し忠誠を誓っていた主が、目の前で命を落とす気持ちって貴方に理解出来る?」
「……」
「出来るわけないわよね。聞いた私が馬鹿だったわ」


そこまで言うと、ぐらりと地球が反転した。
そして視界には小太郎ではなくて、主の顔が映し出される。

ずきんずきんずきん

痛みには慣れたはずだと、思っていたのに。


「、ねぇ、わたっ、しね、 契約、破棄されちゃっ、たの、」
「……」
「っもう、自由なのよ、」


だからお願い
そこまで言うと小太郎は察したようで、背から武器を取り出す。

それを見たあと、私は主の手に触れる。
初めて触れた掌は、とても冷たかった。


「、っ、愛する、あるっ、じさま、 いま、名前もそちらへ、まいり、ます」


僅かに残った精一杯の力を込め、手を強く握り締める。
そして、ヒュンと風が切れた音が聞こえ、ゆっくりと目を瞑る。

最後に見えた小太郎の頬に涙が流れていたのは気のせいだろうか。

20121109