どんよりと淀んだ空から落ちてきたのは言わずとも雨。今日の天気予報では降水確率30%だって言ってたから信用してたのに。気づけばどんどん強くなっていく雨のせいで生徒玄関から出ることが出来なくなった。この雨の中帰ってもいいけれど、明日はまだ学校だから乾くといっても制服が濡れるのは嫌だし、何よりもびしょ濡れになった姿で電車に乗りたくない。

仕方なく下駄箱に背中を預けてぼんやりと外を見る。スクールバッグから携帯を取り出して時間を確認する。残念ながらあと一時間程しないと両親の仕事が終わらない。だから迎えに来てもらう事も出来ない。

今日に限って図書室は先生不在の為に閉まっている。この雨が止むまでもう少し時間がかかりそうだ。その間、何をして過ごそうか考えている時だった。「苗字か?」私の苗字が呼ばれ振り返れば、そこには同じクラスの柳くんが立っていた。


「この時間に学校に残っているなんて珍しいな」
「この間、風邪で4日間休んだでしょ?その間に進んだ授業の部分を教えてもらってたの」


こんなこと言わなくても柳くんなら知ってるだろうけどね。そう言って思わず苦笑が溢れる。正直、柳くんは苦手だ。彼が所持しているノートには誰にも言ってない秘密がぎっしりと握られていると思うと怖く感じてしまうのだ。たぶん、私が知らない私も知っているだろう。苦手というのは不思議と態度に出てしまうもので、すぐに視線を反らし、私はまたアスファルトに打ち付ける雨を見る。


「…苗字が傘が無くて困っている確率100%」
「正解」
「まぁ、これは俺じゃなくても分かることだろう」


その声と合わせるように床に靴が落ちる音が聞こえた。柳くんの右手に握られているのは傘。彼はあの傘を差して帰るのだ。羨ましいとは思うけれど、傘に入れてなんて言えるはずもなく私は相変わらずぼんやりとしている。


「知っているか、苗字」
「何を?」
「俺とお前の家は徒歩10分程度の距離の位置にあるんだ」
「…え?そうなの?」
「あぁ」


私は生まれも育ちもあの家の筈なのに初めて知った。すると柳くんは表情を変えず「丁度中間地点辺りで区間が分かれているから知らなくても仕方ない」そう言い、私の横を通り抜け、玄関から少し出たところで傘をばさりと開いた。なのに柳くんは何秒経っても踏み出そうとしない。一体何をしているのだろうと思っていると「…苗字」小さく名前を呼ばれた。


「お前は一体どれだけ鈍いんだ」
「どういう意味?」
「普通、今ので俺が言いたいことが分かるだろう」
「…」


柳くんはそう言うとくるりとこちらを振り返った。残念ながら私は柳くんみたいに観察力があるわけでも、洞察力があるわけでも、直感が鋭いわけでもないのだ。何を考えているのか1ミリも分からないから、やっぱり柳くんは苦手だ。


「…苗字」
「なに?」
「一緒に帰ろうと誘っているんだ」
「…え?」


突然の言葉に私は目を丸くする。いや、それしか出来なかった。正直な話、柳くんと仲がいいわけでもなければ共通点があるわけでもない私に対してそんなことを言うだなんて思ってもなかった。誘われるのは嬉しいけれど、正直2人きりの空間は気まずい。そう気持ちだけ受け取って断ろうと思ったのに、見上げた柳くんの顔が見たことないぐらいに真っ赤に染まっていて、そんな言葉は一瞬して喉の中で溶けてしまった。

20120606