数年振りに開けたダンボールの中には中学時代のたくさんの思い出が詰め込まれていた。全てを捧げた部活、落書きばかりの教科書、授業中貰った手紙。その一つ一つが懐かしく、掃除をする手が止まる。ダンボールの中の物を順に出していくと最後に出てきたのは卒業アルバム。懐かしいなぁ、なんて思いながらそれを手に取り、ページを開く。一ページ目は校歌、二ページ目は職員、三ページ目からクラス写真。A組だった私は今よりも幾分幼い顔をしてそこにいた。そしてそのまま視線をずらせば彼がいた。写真の中でも変わらず厳格な表情で思わず笑みが零れる。


彼と出会ったのは中学に入学したと同時であった。同年代の子と比べたらかなりきっちりした性格で付き合い難いのは確かであったけれど、私はそんな彼に恋焦がれていた。誰よりも真っ直ぐに見つめるその鋭い瞳だとか、ふとした瞬間に見せる緩んだ表情だとか。些細なことが交じり合い、私の中の彼の存在は日に日に大きくなっていった。


二年生に上がる頃には名前で呼び合うぐらいに親しくなっていた。声変わりしたばかりの低い声で名前を呼ばれる度に、胸がぎゅうと締め付けられる。でもそれと同時に顔に熱が篭る。成長期とは恐ろしいもので彼は一気に背が伸び、私と言えば入学当時から一センチ程度しか伸びず、彼との身長差は見ずともはっきりとしたものになった。今までは近い目線で話していたのに、いつの間にか見上げなくてはいけなくなった瞳に涙が出そうだったのは何故だろう。


ありがたいことに三年生になっても同じクラスだった。あの時は流石に「また一緒だね」なんて言って笑い合った。すると彼は口元を出て押さえて「、あぁ」だなんて一言呟いて目の前から去って行った。普通に考えたらそこで寂しいのだろうけれど、髪の毛の隙間から見えた真っ赤な耳を見て、顔がニヤけてしまったのは私だけの秘密。そんな彼の勇姿を見るたびに何度も通ったテニスの試合。立海が勝った時はもちろん嬉しかったし、胸を張った。けれど、負けたとき。初めて彼の涙を見たとき、まるで自分のことのように滝のような涙が溢れてきた。その瞬間、彼と目が合った。そして悲しげに微笑まれ、さらに涙が溢れ出た。


高校はそのまま高等部に上がらず、外部を受験することにした。彼に目標があったように、私も目標があったのだ。それはどんなに名門であっても立海では叶えられない。部活を引退し、夕陽が照らす二人きりの帰り道で彼に告げたとき「、何故」そう小さく呟いたのが酷く記憶に残っている。


「お前が決めた事だ。寂しくは感じるが止めたりはしない」
「…うん」
「だが、一つだけ約束してくれ」
「約束?」
「あぁ、それは──」


そして迎えた卒業式。彼はそのまま高等部に上がり、私は無事に外部受験を合格した。ほとんどの子が持ち上がりだから涙を流している子は少なかったけれど、私は涙が溢れ出てみんなにからかわれた。一人、目を真っ赤にさせて映った写真。制服の袖で必死に目を拭ったのにも関わらず意味が無い。荷物は全部親に預け、私は校内で一番大きな桜の木へと向かった。そこにはもう彼がいて、思わず笑みが零れる。


「ごめん。遅れちゃったね」
「そんなことは無い。俺が早過ぎただけだ」
「確かにそうかも。まだ約束の時間の十分前だもん」


そう言ってくすくすと笑えば口を噤んで顔を赤くする。そんな表情までが愛しく感じるだなんて恋とは恐ろしいものだ。すると彼はポケットからインスタントカメラを取出し、私へと手を伸ばした。それに応じるように私も手を伸ばし、彼の手に触れた。初めて触れた彼の掌は大きくて豆だらけ。繋がれたその部分から私の鼓動が伝わらないか心配だ。


「撮るぞ」
「やり方分かる?」
「俺はそこまで馬鹿ではない」


そう言うと私の肩をぐっと引き寄せ、カチャリ、シャッターの落ちる音がした。



「片付けは終わったのか?」
「んーん。まだー」
「さっさとやってしまえ。これでは日が落ちても終わらん」
「ねぇ見てよ、これ。懐かしいでしょう?」


そう言って腰に手を当てため息をついた弦一郎に卒業アルバムを手渡せば「…そうだな」そう呟き、私の横に座った。


「弦一郎ってば写真撮るの下手くそだから、私の胸元映しちゃってるんだよね。変態」
「なっ!そんなことはない!」
「分かってるって。ムキになると余計に怪しいよ?」


すぐに顔を真っ赤にさせる所は出会った時から全く変わっていない。見た目だけ大人になり、中身はあの時のままで止まっているような錯覚を起こす。


「結婚式、緊張する?」
「…それなりにな」
「ふふ。弦一郎でも緊張することってあるんだね」
「当たり前だろう!」


あの日と同じ桃色の桜が咲き乱れる今、卒業アルバムの最後のページに挟んであった写真と同じ笑顔で彼と──弦一郎と共に同じ未来を歩んでいくのだ。

20120503
企画「学生限定」様に提出