自分の彼氏の雄姿を見たいと思うのは、彼女として自然なことだと思う。今日の為に新しい服を買って、メイクだっていつも以上に時間を掛けた。少しでも可愛いって思われたくて、少しでも自慢の彼女だって言われたいのだ。

試合日和というべきか、今日はとても天気がいい。電車から降りれば、爽やかな風が体を包む。その心地よさに自然と足取りが軽くなる。帽子を被り直してテニスコートへと向かえば、近隣の学校の制服を着た女の子たちがたくさんいた。

ただの学生の練習試合だというのにも関わらず、ここまで女の子たちが集まっているのは四天宝寺だからだろうか。中には白石くん達の手作り団扇を作ってきてる子たちもいて、改めてその人気を見せつけられたような気がした。

ユウジには今日、試合を見に来ることは言っていない。私を見つけた時、ユウジは何て言うのだろうか。喜んでくれるのかな。そんなことを思いながら、一段を賑やかなテニスコートへと向かって行く。


「…すっご」


初めて試合を見に来たけれど、まさかここまで人が多いと思わなかった。始まる一時間前だというのに応援用のベンチには女の子で溢れていた。その凄さに一瞬身を引きそうになったけれど、足を一歩一歩と踏み出していく。

人を掻き分けながら何とか辿り着いたフェンス前。きょろきょろしていると、ストレッチしていた小春ちゃんと目が合う。手を振れば振り返してくれて、ちょこちょこと私の目の前まで来てくれた。


「えらい美人な人おると思ったら、名前ちゃんでびっくりしたわぁ」
「ふふ。ありがとう」
「あ、今ユウくん連れてくるから待っててな」


そう言うと小春ちゃんは、ぴょんぴょん跳ねながらどこかへ走って行った。その時、たまたまこっちを振り返った白石くんと目が合い、お互い頭を下げ会釈した。相変わらず白石くんはイケメンだ。


「名前!?」


聞こえてきたユウジの声は何故だか焦っていた。けれど、会えたことの嬉しさに手を振れば、ユウジは眉間に皺を寄せ私を見た。その表情はケンカしたときに良く見るもの。何故ユウジが怒っているのか分からず、私は力なく手を落とした。


「…なんで来たん?」
「え?」
「誰が来ていい言うた!」


怒鳴り声が頭に響く。何で私はユウジに叱られているのだろう。訳が分からずボーっとしていると、「はよ帰れ!」そう叫ばれた。何で、何で、何で。言いたいことはたくさんあるのに言葉が何一つ出てこない。必死に涙を堪え、ごめん、そう呟き私はその場を走り去った。

高いヒールのせいで上手く走れず、結局石に引っ掛かり転んでしまった。服は砂で汚れ、帽子は地面を転がり、足からは血が流れた。確かに何も言わずに来てしまった私が悪いかもしれない。けれど、あんなに怒ることではないはずだ。

耐えていた涙が地面を濡らした。その時、「大丈夫ですか?」と声が聞こえ私に手が指し延ばされていた。顔をあげれば見たことのないユニフォームを着た男の子が心配そうに私を見ていた。ありがとう、そう言って手を伸ばした。


「自分、何勝手に人の彼女に触っとんねん!」


立とうとした時、体がぐらりと揺れ、背中から地面に落ちる感覚がした。けれどそれは私の勘違いだったようで、背中側から私を抱きしめているユウジに寄って遮られていた。目の前の男の子は「げ、一氏」そう残し、足早に目の前から立ち去った。


「足から血出とるやん」
「…ユウジ、なんで、」


するとユウジは何も言わず私の手を引き、近くの水道のあるところまで連れていった。道から少し外れているせいか人がいない。ぴしゃりぴしゃりと水音を鳴らしながら、ユウジは丁寧に怪我をした部分を洗ってくれた。


「…なぁ、なんで来たん?」
「なんでって、」
「名前だけには来てほしくないねん」


そう言うとポケットから絆創膏を取り出し、ぺたりと貼った。それは以前、よく怪我をするからと言いユウジに持たせたものだった。


「あんな、男は自分の彼女を独占したい生物やねん」
「どういう意味?」
「そんな可愛い格好は俺だけ見れればええねん」


ぷくりと頬を膨らませ私を見た。それでやっとユウジがヤキモチを妬いてくれていたことを知り、安心からか笑いが零れた。それを見たユウジは、ヘアバンドを取り髪の毛をくしゃくしゃにした。


「しかも何なん?今日可愛すぎやろ。訳分からん」
「周りの子、若い子ばっかやから負けんようにって…」
「そんなん気にせんでも充分可愛いわ、ボケ」


そう言って頭の後ろに手を回してきたかと思ったら、瞬きをした一瞬でユウジの唇が私のものと触れあっていた。しょっぱい。ユウジはそう言うと私の唇をぺろりと舐めた。

20130425