俺の斜め前の席で必死に黒板を見ている苗字さんをちらりと見る。けれど苗字さんの前の席の奴が背が高いからか上手く見えないらしく、小さな体を左右に倒している。その姿が可愛くて口元の筋肉が緩むのが分かる。

その時頭に強い衝撃が落ちる。びっくりして声を上げるとニタァとしながら俺と見てる先生が立っていた。手には教科書が持たれていて、それで叩かれたのだと理解する。


「忍足ぃ。自分、俺の授業より女の子見とる方がええんか?」
「や、別にそう言う訳では…」
「何やったら俺が恋の手ほどきしたろうか?放課後に」


そう言って俺と目を合わせ意味深に笑ったかと思えば、先生の視線が苗字さんへと向く。それに気付いた苗字さんは頭にハテナマークが浮かんでいたけれど、俺は一気に顔が赤くなっていく。


「ああいうタイプは押しに弱いと思うで」
「っ、先生!」
「まぁ、恋もええけど学生は勉強が本分やからな」


ケタケタと笑った後、先生は「さー、授業に戻るで」と言い教壇へと戻っていった。先生にバレてしまった事がショックで、教科書で顔を隠す。まだ顔が熱い。

それから何分経ったか分からないけれど授業終了のチャイムが鳴り、教室が賑やかになる。俺と言えばまだ頭を抱えていて、白石に声をかけられるまで授業が終わったことすら気付かなかった。





「謙也くん、今ちょっとええかな?」


ソプラノボイスが俺を呼んだ。それは俺が無意識に追いかけているその人そのもの。どっどっどと激しく心臓が動き始める。正直、あまり話す機会が無いから名前を呼ばれる事も無い。緊張しすぎて中々声が出ないと、隣にいる白石が代わりに返事をした。


「どうしたん?謙也がなんかした?」
「数学の課題、今日提出なんやけど」
「…あ」


忘れとったんか。白石はそう言うと俺をジト目で見た。鞄から慌てて課題を取り出せば、いろんなものに押し潰されてぐしゃぐしゃになっていた。苗字さんの前でこんなもの見せるのが恥ずかしくて顔から火が出そうだ。


「…プリントぐしゃぐしゃになってるんやけど、」
「そんなん気にせんでええよ。私が直しとくね」


嫌な顔一つせず、苗字さんは受け取ってくれた。その時に指先が少しだけ触れて電気が走ったように体が痺れた。


「これから部活?」
「お、おん」
「じゃあ、飴ちゃんあげる」


すると苗字さんは制服のポケットから花柄の可愛い袋を取り出し、その中から飴を二個取り出す。何で二個?と思ったけれど、俺と白石の分だと理解したのは「ありがとう」と言い、白石が苗字さんの小さい掌から飴を取ったからだ。


「謙也くん、パイナップル味は嫌い?」
「んな訳ないやん!むしろ大好物!俺パイナップル食べてるから!毎日!」


飴を受け取らないから、掌に乗った飴を嫌いだと勘違いさせてしまったみたいだ。指を伸ばして飴を掴む。あと数ミリで苗字さんの掌に触れると思ったら、手が震えてしまう。


「部活頑張ってね」


そう言ってにっこりとほほ笑む苗字さんは、今まで見たことないぐらいに可愛くて思わず息を呑む。緊張と恥ずかしさで引き攣る口を一生懸命に動かして返事をすれば、苗字さんはまた可愛く笑った。

20130419